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ジャスミン 秘密の花園その22013/05/01

ジャスミン


4月16日に河津の南禅寺へ向う途中、民家の垣根に並んで赤色が鮮やかな低木が目に入りました。細長い赤いツボミが集まって、全体が花のようです。
 


たまたまこの家のご婦人が玄関にいたので訊いて、ジャスミンだとわかりました。あと10日もすれば白い花を咲かせると言います。
 


きのう新宿からバス通りに抜ける道を歩いていたら、以前、コエビソウを見つけた“秘密の花園”でジャスミンの白い花が咲いているのに気が付きました。薄いピンクのツボミがまだ他に残っていたため、それとわかったのです。

 

ジャスミンの香りはかなり強いそうですね。でも、顔を近づけても香りは少しも感じられなかったのは何故でしょうか? もっとも、香水のジャスミンは香りを強くする為、いろいろ技法を尽くすそうですが。


「竹下甫水時局日記」2013/05/02

ミズキ
「竹下甫水時局日記」(昭和18年10月27日~昭和20年9月18日)
先日、伊東にこんな硬骨漢がいたと言って、山田書店のご主人が書庫から出して薦めてくれた本です。

ざっと読んでみると、太平洋戦争末期、翼賛政治の真っただ中に於いて新聞・ラジオからの限られた情報を冷静に読み取り、適確に分析した洞察力は舌を巻くほどで、その点、本書はかえって現実とのギャップに悩んだ市井の知識人の姿を浮き彫りにしています。

社会が閉塞状況にあると決まって浮上するのが英雄待望論ですが、著者は「英雄は時代を刺激するだけのものであって、時代を救うものはヤハリ大きな常識であると思ふ」と書いています。これは蓋し卓見です。優れたリーダーシップを期待するあまり、英雄が登場してどんな結果になったか、歴史をよく見通した言葉です。

「新聞や役人は常に美辞麗句で国民を欺瞞している。一億一心、艇身、協力、百パーセント供出等々、何ぞその文字の美しき」と憤慨し、千葉へ向かったとき、人々が満員電車内での道徳や倫理観に欠けていたことに触れ、それはとりもなおさず、食料に欠乏していることがかかる事態を招いていると断じます。まさに「衣食足って礼節を知る」です。

こうした優れた識見がところどころに吐露される日記ですが、戦火の情報が日を追って克明に記録されてゆくところはまさに息詰まるほどの臨場感を読む人に与えます。それは著者が昔、ジャーナリストだったことにもよるのでしょう。

しかし、著者のような偏見にとらわれない知識人でも国が戦争に突入すると、客観的な時局判断を下しつつも自己を犠牲にして国にすべてを捧げるという、あるいは捧げざるを得なくなる戦時状況というのが空恐ろしくさえ感じられました。戦争は恐ろしい。

稲取漁港2013/05/03


今日は憲法記念日。世界に誇る日本の平和憲法を大事にしましょう。

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稲取漁港


穏やかなお天気。港を回りました。
家族連れで釣りをする人たち。
大川の河口で浮遊している何やらの魚。船揚場の若い人に訊いたら、食べられないことはないけれども、食えたものではないとのこと。
折角、魚名を教えてもらったのに忘れました。残念。
2匹のシロモノはフグですね。こちらは徳造丸本店前の船揚場にて。


今朝はキンメ漁はなし。でも、エビ漁は順調のようです。向井の作業所では数人の漁師が獲れたエビを網から外していました。
内側の白堤(白灯台がある堤防)では皆さんがエビ網の手入れをしています。鮮やかな色ですね。思わず口をついて出てくる歌
〽・・・エビ網手入れ親子の肩に 手伝う孫に笑いの渦の 声が響くよ 稲取漁港〽 

http://www.youtube.com/watch?v=gX9xiEfG2G4




「浜の湯」へ続く堤でまた村田さん(仮名)に会いました。
先日のカグラ岩で二人の釣り仲間がマダイを釣った話をすると、今はどうか知らないが、昔はマダイやヒラメなどの稚魚を放流していたとか。
トモロ岬や黒根辺りなら、大ものが釣れてもおかしくはないと言います。ただ、黒根だと、3~4人が限度だそうです。 


「はなれ」へ回ると、「浜の湯」のすぐ先で一人、そして更にその先、「はなれ」の岩礁の根元で一人がそれぞれ釣り糸を伸ばしていました。
岩礁の先端に波が時折激しく寄せて岩を洗います。タイミングをはかって飛び移りました。
利島、新島、神津島がずらっと並び、その手前に大型船。海原はキラキラと輝いています。

 

ひと息入れた後、稲取観光ホテル前から岸に上がり、バス通りを経て帰宅。

伊豆アニマルキングダム2013/05/06


きょうは伊豆アニマルキングダムで孫たちと一緒に遊びました。今回は午後からの入園のため、少し忙しい感じでしたが、子どもたちは広い園内を走り回ったりして充分楽しんだようです。
 


アニマルゾーンの遊歩道はフィールドの動物たちの周りをぐるっと回り込む形ですが、目玉は何といってもホワイトタイガーです。きょうのホワイトタイガーたちは檻の中に座り込んで、入園者の様子を焦点なく眺めているだけでした。前回は閉ざされた広いフィールドを悠然と歩きまわって、その一挙手一投足に人気が集まっていましたので、少し物足りない感じでした。
 


大型の動物では象やキリンが人気でした。特にキリンのエサやりは、いつ来ても子どもたちに大人気です。意外と不人気なのがライオン、クマそしてサイでした。特にサイは象にも負けないほどの巨体の持ち主なのに、動かざること岩の如しで、実際、気が付くまでは白岩と見違えていました。

伊豆アニマルキングダム


ところで、普段、テレビでしか見られない動物たちを直接目の前で見られるのは動物園ならではですね。私ども72歳と73歳は今回、何を血迷ったか、このアニマルキングダムの年間パスポートを取得してしまいました。向こう1年間無料で入園出来るのです。
 


年間パスポートの料金は大人一人5,500円也。通常の入園料が2,100円であることを考えると、ずいぶん割安です。毎日が日曜日の私たちはそれこそ毎日でも無料で入園出来るのです。そしてホワイトタイガーに見参出来るのです。
 


従って今後は最低でも月1回は「伊豆アニマルキングダム便り」を載せることになるでしょう。でも、ネタが探せなくなるほど、年間訪問数が相当な数字になることだけは確かだと思います。


「線路沿いの詩(うた)」2013/05/07

「線路沿いの詩」浅田志津子 詩、松本忠 絵

下田の村上書店本店で浅田さんと松本さん共著の詩画集を購入してきました。

私も登山にのめり込んでいた頃、全国各地を訪ね、無人駅にも降りたことがあります。いつも一匹狼でしたから、旅の孤独を尚更に感じたものです。

ローカル線のそうした私のイメージとは違って、この本に掲載された絵には人の温みがどこかにあって、志津子さんの言う通り、「素朴で、穏やかな雰囲気」があります。ホッとした安らぎが感じられるのです。そんな絵が20数点もあるのですから、だいぶ贅沢な本です。

さて、浅田志津子さんの詩です。今回は第2章の「尾行」と「夕陽と海と母」を取り上げてみます。
 
「尾行」は銀行に入ってゆく母をたまたま見かけた作者が、その後八百屋、魚屋、美容院の前、スーパー、ソフトクリーム屋の前、というように移動してゆく母を尾行し、つぶさに観察します。そして、買い物が終ってそのまま家へ帰るものとばかり思ったのが、突然裏通りに入って神社に詣でるという内容です。

各シーンに描写された母の行動には母親の姿とともに、作者の心の投影である別の一個の人間が期待されました。でも、最後に神社でお祈りをする母を見て、やっぱり母親であったことを感じ取って安堵し尾行を打ち切って、「少し泣」くのです。

この「少し」が微妙です。ここが「思い切り泣いた」でしたら、母と子の間は本人の主観的な範囲を越えていません。けれども、「少し」とすることで、ある程度母親を客観的に捉えていることを思わせるのです。

もうひとつ、「夕陽と海と母」。
家族旅行で江の島へ行ったとき、夕方買い物に出た母を迎えに行った作者が見たのは、「浜辺でひとり 夕陽を眺めている 母の後ろ姿」でした。そしてその姿は「私が知らない ひとりの女の人だった」のです。

母には私に愛情を注いでくれる母親以外の世界があることを、作者は初めて知ってショックを受けたのです。それを「なにか つかまるものが ほしくなるほどの哀しみ」と記しています。こんどこそ、“思い切り泣”きたかったに違いありません。

この二つの詩は母の愛から巣立ちを迎えようとする頃の、誰もが味わう哀しみに似た情感を表現しています。「尾行」にその萌芽を見、「夕陽と海と母」で決定的となります。主題は作者が母個人の人格に気づいたことですが、裏を返せば、作者の自我の成長を表しているのです。

自我の目覚めと言ってしまえばそれまでですが、この詩はそれを優しく美しく母と子の関係の中でうたったものと言えましょう。

浅田志津子さんのHP
http://www.k4.dion.ne.jp/~tadashim/shizukoindex.html