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入谷口から八丁池口その42015/10/01

東猿山への入口の看板を見るまでは、この上佐ケ野林道をのんびり下佐ケ野まで辿るつもりだった。時刻は13時40分。八丁池口発の最終バスは15時25分。2時間足らずの余裕しかない。でも、看板を見て気が変わった。東猿山までの時間が30分となっていたのだ。この山さえクリアすればなんとかイケル。

しかし、この山の山頂までは苦しい登りだった。この山を30分で登りきるのが容易でなかったことを思い出したのは、伐採地の斜面の上に出た時だった。何度かこの道を歩いたなかで一番のタイムが30分だったのだ。しかもこの時はシャカリキになって上り詰めた結果だった。

見覚えがある大岩の辺りはヒメシャラやブナの林も現れ、好もしい雰囲気の中を行くが、それを味わう余裕もなく、ただひたすらに登り続けた。疲労がピークに達した時、いつものように右足から攣りそうになる。それをうまくだましだましの辛い歩行である。

横倒しになったブナの大木の脇を通過するあたりから、山頂は間もなくと期待するが、更なる高みが前方に現れて失望に変わる。それを何度も繰り返してベンチのある山頂に着いた時はスタートして40分が経っていた。これだけ急いだにもかかわらず30分を大幅にオーバーしていた。

あの看板のタイム表示はかなりの健脚者のタイムであって、標準のタイムではないことにあらためて痛感した。表示は改めるべきだ。とにかく、この山の下りを含めてバス停まであと1時間しかない。とんだ山行きとなってしまった。

それでも、“分岐”まで気を緩めずに来て、この後は時間に余裕が生まれ、途中の自然庭園をゆっくりと眺めたりして八丁池口に到着した。既にバスは数人のハイカーを乗せたまま出発時間を待っていた。

写真は下記アドレスをクリックしてください。
https://www.youtube.com/watch?v=SIB366ryK6k&feature=player_detailpage

ヤシの木皮2015/10/02

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超大型台風21号は先島諸島で猛威をふるい、台湾、中国に上陸。与那国島では81mを越える風が吹いたというから想像を絶する台風でした。その後も、偏西風に流されて時計回りに大陸から朝鮮半島を横断し、途中、北へ向かっていた低気圧を吸収して再び猛発達したということです。

 

台風の形が崩れても高温多湿を維持したまま偏西風に乗り、別の低気圧と合体した結果が944hPaという猛烈な低気圧に発達した原因でした。ここ伊豆でも、低気圧の進路からは想像できないほど離れているのに、かなり強い風が吹きました。

 

 

今朝は久しぶりに志津摩に来て驚きました。丸平家具センターの裏の国道脇におびただしいほどの木の皮が落ちていたのです。見上げればヤシの木が10数本天を突いています。その先端の部分から、枯れた葉に繋がっている皮が昨夜の強風雨で剥がれたようです。

 

一見して動物の皮のように光沢があって思わず手に取ってみたら、やっぱり軽くて堅い皮でした。昔、長時間の作業でも雨水が体に浸透してこないような蓑笠以上の雨具として、ヤシの木皮から繊維を抜き出して編みあげた合羽が大変重宝した話を入谷のOさんから聞いたことを思い出しました。

 

歩道上に散乱しているのを見ていると、このままゴミにして処分されてしまうのが何だか惜しいような気がするほど、光沢があって美しい木皮でした。


八丁池から三筋山2015/10/04

八丁池
先月は入谷口から大峰山に上がって三筋山~八丁池をねらったのですが、時間切れでハ丁池口までで終わりました。きょうは、それならと、逆に八丁池口から八丁池~三筋山~大池~見高入谷口を歩いてきました。

ただ今疲労困憊で、ブログは居眠りしながら先に進めません。詳細は明日にします。見高入谷口に下りたのが17時半。もうこれ以上歩くのが嫌になり、日没で暗いバス停のベンチに座って18時04分のバスを待ちました。

でも、ただいま達成感に浸っているところです。
(眠気のほうが先かな?)

診療日2015/10/05

ザクロ
<ザクロ>
きょうは病院の診療日。外科の主治医に胃腸の検査について訊きました。CT検査によるガンの早期発見は大腸ガンなどに比べて胃の場合は、画像診断だけでは極めて難しいとのことでした。

造影剤注入によるCT検査は胸部診断や、腹部の大腸、直腸、肝臓、腎臓、膵臓などの臓器に対してはガンの早期発見には有効で、胃や小腸については、進行ガン以外は難しいらしい。ただ、小腸についてはガンの発生はかなり少ないということでした。

そんなわけで、胃の早期発見にはやはり、胃カメラによる検査が一番ということでした。今年も内視鏡検査は上(胃)も下(大腸)も12月の予定です。


きのうの一日ハイキングの影響で、今日は駅の階段の上り下りが容易ではありませんでした。これほどの筋肉痛は久しくなかったことです。それだけ昨日は頑張り過ぎたということでしょう。でも、昨夜はよく眠れました。

八丁池から三筋山へ その12015/10/06

ソテツの実は赤い
<赤いソテツの実が熟れた>.
天城峠から乗ったバスは修善寺方面からの数人のハイカーを乗せていた。八丁池口からは皆、八丁池遊歩道をゆくようだった。私一人がほんの少し戻ってウグイス歩道の入り口に立った。

 

そこからいきなり木段の急登が始まる。延々と続く木段を登りきると、右に開墾地が広がった。青い網が境界線を作っている。しかし、その中は雑草がはびこり、立木の切り株もところどころで頭を出していた。こんな山奥で何に使ったのか?あるいは何のためだったのか?

 

やがてヒメシャラやブナのひょろひょろした若木の林の中をゆくようになり、気分も落ち着いてきた。この雰囲気は里山では味わえない。そして出発してからほぼ30分でコマドリ歩道分岐点、即ち上り御幸歩道に下りた。先月も歩いたこの道をゆく。

 

ここからも暫くヒメシャラの林を楽しんで、続くアセビの長いトンネルを抜けると、八丁池遊歩道に飛び出した。バスで一緒だった単独行の初老のハイカーを追い越し、左に見晴台への道を分けて直接八丁池へ向かう。池に到着したのは11時ちょっと前だった。

          <赤いソテツの実>

 

今回の目的の一つにここの休憩所の「吾妻や」があった。先月訪ねたとき、この吾妻屋の内壁に集団でハイキングした名簿が掛かっているのに気付き、何気なく見上げて驚いた。私の同姓が数人並んでいたのだ。この姓は三浦半島の東海岸に多く、他では滅多に聞かない。

 

名簿には「平成十六年度 門野原区民ハイキング」とある。地図で調べたら、伊豆半島のほぼ真ん中、湯ヶ島のすぐ北側にあった。ウイキペディアによれば、古くから伊豆半島(伊豆市)に勢力があった清原氏の一族で、相模の国三浦郡に移住してきた、という。

 

とすると、私のルーツは伊豆市ということになる。伊豆は古来、都の貴族や武士が政争に敗れて都落ちした場所、追放されて「島流し」になった場所である。戸籍に平氏と書かれていたのを思い出した。八丁池の参加記念名簿が端無くも私どものルーツを教えてくれた。

 

さて、ルーツを調べる材料が八丁池にあったことで、写真撮影が終わると間もなく三筋山に向けて出発である。