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ふれあいの森のHL 22019/07/12

(二) 初めての出会い 

私たち夫婦が千葉から稲取に移ってきて間もない頃の話です。歩くのは好きでない女房殿が珍しく、ふれあいの森に上がりたいと言い出しました。折角の話なので、それではと、オニギリなどを持ってピクニックしようということになりました。冬枯れの季節にしてはめったにない無風の好日です。暖かい光が有難い。

 

上の赤坂いろは坂を頑張って上がり、小鳥のランドマークの展望台に立ちました。大島が目の前に大きく横たわり、新島の隣に薄べったい式根島もくっきりと浮かんでいます。下田の白浜や爪木崎もそう遠くないように見えます。

 

かくして、展望テラスのベンチでゆったりとした時間の流れを満喫した私たちは、帰りは未だ歩いたことがないルートを取ることにしました。ひとまず、ハチマキ道を歩いて管理棟の前に出ました。道路沿いに立っている看板の概略図を見てから、赤坂いろは坂を左に分けて直進してゆきます。「さくら介護」施設の前に出るはずです。

コンクリート舗装の道が続き、道なりに紆余曲折を繰り返すと、間もなくみかん畑に出ました。金網のゲートは開いていて、軽自動車が一台止まっています。畑で作業しているのでしょう。右に折れて少し行くと、橋がかかった涸沢を渡り左に折れて下り坂へと自然に誘導されました。確か、他には道がなかったように思います。

 
一抹の不安をかかえながら注意して降りてゆくと、東屋があって前方海の方に少し展望が得られました。そしてその下に立派な神社がありました。吾妻権現神社です。参拝後、かなり急な石段を下ってゆきます。しかも、幅が狭くよほど気を付けないと転落の危険があります。女房殿の口から溜め息と嫌味の声が飛んできたのは、こんな時の常套文句です。確かに石段の道は煩わしいものですが、ヒノキ林に覆われて静寂なこの雰囲気が妙義山のお中道のそれにも似て、私には懐かしく感じられたのでした。 群馬県の妙義山は針のような岩山でクライマーが活躍しています。私の好きな山の一つです。

 

かにかくに、下の鳥居に着くと、左手の樹林越しに民家が見え、洗濯物が干してありました。寂しそうな一軒家です。女房殿の顔には不安そうな表情が浮かんでいました。確かにこの山深いところを生活の本拠にするなどのことは、私どもにはとても耐えられそうにありません。尚もコンクリートの細い道を降りてゆくと、動物を収容する大きな鉄のカゴが幾つも並んだ建物に出ました。犬が奥の方で吠えていますが、手前のカゴには姿がありません。ここで犬猫が処分されるのかなと思いながら下りてゆくと、一人のお婆さんがゆっくりとした足取りで上がってきました。黒光りした精悍な顔付きと、黒髪を無造作に後ろに束ねて長く伸ばした格好から、アメリカの西部劇に登場するアパッチ族のお婆さんを連想しました。白いポリ袋を下げています。
「あの施設は犬猫の処分場なのですか?」と、私が声をかけました。すると、

「いえ、あれは山で見つかったイノシシなどを入れておく檻ですよ」と、張りのある声が飛んできました。丁寧な話し方です。犬がまた奥の方で吠え始めました。

「お住まいはこちらなのですか?」と聞くと、
「この上の一旦下ったところにあります」と、言われても全く見当がつきません。一見してお年寄りのような感じのこの方は、しかし、スリムで腰は少しも曲がっていません。黒髪を後ろに束ねた様子は少し色気を感じさせるくらいです。顔つきが何となくお婆さんのように見えたので、つい、お年を聞いてしまいました。すると、61歳だとのこと。しまった、未だ若い人だ!私は慌てて失礼を詫びたのでした。それでも、この方は気を悪くすることなく、それからも私たちの繰り出す質問に気持ちよく答えてくれました。東京の練馬から新天地を求めて移り住んできたといいます。周囲の山のこともよくご存知で、天城峠などは簡単に日帰りできますよと教えてくれました。山懐に抱かれて逞しく生きる人がいる。私は引越しの瑣事から解放されて、最近何となく感じ出した淋しさを打ち消せるような気がしてきました。

 
そのまま素直に坂を下りてゆくと、見慣れた介護センターの前に出ました。この登り口に大きな看板が立っていて、今下りてきた道が権現線の遊歩道だったと分かりました。




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