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時空を超えて2020/10/13

はまべ荘 鈴木文雄 作

               (二)

私がここで実母のことを書かないのは、5,6才の頃、親戚の叔母のところに弟の延義と二人で預けられ、十カ月余りの間、「居候いてあわず置いて合わず」の生活を余儀なくされ、親の愛情に飢えた体験があったからかも知れません。

そこではいつも我慢我慢の生活でした。家付きの子供たちとは目を合わせないように、ほんとうに辛い日が続きました。一緒に寝てくれた叔母に母の温もりを感じ一層寂しくなりました。私には実母に触れられた記憶がありません。

私は十五才の時から船の飯炊きに出て、機関長から船長になり十二年間、家の為に働きました。もうこれで充分親孝行をしたと思っています。父は私のことをいつも有難いと言ってくれました。私は長男でもないのに家業を継いだので、そう思ってくれたのでしょう。 

                                   

 しかし、母の口からは労い(ねぎらい)の言葉を聞いたことがなく、未だに母の気持ちがわかりません。九人の子供を育てるのに母は一所懸命で、それだけで精いっぱいの人生だったのかも知れません。今あらためて考えると、愛情も九分の一になって当たり前です。私のほうが我儘だったのでしょう。自分が至らなかったことを八十路になって母に詫びなければ、という心境です。今はただ母の冥福を祈りたいです。私は実母のことを恨んでいたわけではありません。私にとって人生の修行をさせてくれたと思えばそれでよしと思っています。母のことは何も書くことはありません。私はあの世に行ったら、また母と一緒に暮らしたいなと思っています。

義父は平成八年に亡くなり、入院中は見舞いに何度も行きました。ある日のこと、見舞いに来た私と妻に向かってこんなことを言っていたのを覚えています。「俺の通夜で弔問に来た人がみんな、この人は良いお爺さんで働き者だった、と言ってるのが聞こえて来るヨ。お前らも聞こえてるだろう」と。そこで妻が「おじいさん、葬式なんてやってないよ。おじいさんは未だ生きてるんだよ」と言って、二人で家に帰ってきました。                                

                        

それから二、三日してまた病院に行きましたら、「今日は死神が天井にいるよ。お前たちにはわからないか、見えないか」と指をさして何度も言うのです。人間、死を意識するようになると、見えないものまで見えるようになるのか。私は今、人間の脳神経のことを考えると、行き着くところは「神」の字のごとく神秘的な境地なのかと思われてなりません。また、抜けてゆくような空の青、海の青の中に何か人間でない生きものが潜んでいるように思われる時があって、言わば非現実的な世界に引き込まれそうになることがあります。そんな時は瞬きをしてそこから逃れるように現実に帰り、常識的なものの考え方に戻るのが常です。(つづく)

 




コメント

_ MASA ― 2020/10/13 21:42

こんばんは。おじさん、おばさんお元気ですか。
おじさんも大台に乗ってしまいましたね。
父も亡くなる前に「誰か迎えに来ている」と言っていました。
母は「ついて行っちゃだめだよ」と言っていましたが、好奇心に負けたのかついて行っちゃいましたね。
先日の台風は大丈夫でしたか。
母は元気ですのでご心配なく。おじさん、おばさんも暑かったり寒かったりで体調を崩さぬようお気をつけくださいね。

_ inada ― 2020/10/14 14:23

やっぱり、そういうことはあるんですね。その時からあの世への準備が出来たということでしょうか。苦しんで亡くなるより、よっぽど幸せだったことでしょう。大台に乗った小生も、いずれ最後はそうありたいと願っています。
台風14号は伊豆半島は大過なく済みました。ただ、三宅島など島が大変だったようです。いろいろお気遣いありがとう。そちらも元気でね。

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