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時間が止まった2020/10/14


<前の役場跡の清水公園と、屋上の赤い屋根のビルが「はまべ荘」>

 鈴木文夫作
                         (三)

今の脳科学者は人間の脳の中をどのように解明しようとしているのでしょうか。

私は一人の友人をその死の六時間前に車で病院に連れて行ったことがあります。病院まで十五分くらいの所なのに一時間もかかった気がしました。担ぎ込んだ時、医者にもうだめだと言われました。その三分前に私が車の中でこの友人に話しかけた時、空の上の方から細い透き通るような声で、「だいじょうぶ」と私に言ったのを覚えています。そしてその晩、息を引き取ったと友人の兄から知らせがありました。ああ、やっぱり逝ってしまったのか・・・。

次の日の明け方、4階の冷凍室に魚をとりに上がった時、何気なしに魚市場の方を見たら、友人が車の中から顔を出し、私に向かって手を上げました。こんな朝早くからまた釣りに来たのかと思いました。私も手を上げて応えました。

エレベーターで二階まで下ってきたとき、私は我に返りました。今のことは何だったんだ?友人は夕べ死んだのに漁協の所に来るわけがない。でも、確かに来た。俺は見た。そして友人は手を上げた。俺も手を上げて応えた。今考えると不思議なことがあるものです。何十年たっても、あの日のことは忘れてはいない。きっと、私の所に礼に来たのかな、そんな気がしてなりません。そのときだけ時間が止まったような気がしています。

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先に、大事な義母を横浜の病院に連れてゆくのに二時間もかからなかったので驚いた話をしました。そしてもう一つ、死に臨んだ義父が語る非現実的な世界を私が客観的に捉えてみようとした話とともに、死んだはずの友人にその死の翌朝、私が主観的に出遇った話も書きました。それぞれ時空の違いはあっても、私自身が経験したことです。私はその時、濃密な人生を生きたのではないかと考えています。 

時間は止まることも後戻りすることも出来ません。いまこうしていても、時というのは戻ることも出来ない。前へ前へと進んでどんな人でも宇宙のかなたに飛んで逝く。それが生きるものの定めであると思うしかありません。おわり

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