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石屋御殿へ2020/11/26

イノキ(ワ)の石屋御殿へ、今朝になって急に歩いてみたくなった。志津摩の道の駅、徳造丸・志津摩店の少し伊東寄りに国道から直接山側に上がる細い道がある。この急な道は農道でハウスやミカン畑経由でイノキ(ワ)にあがることができ、更に「あらまき」のハウス経由で農免道路へも行ける。いつもは入谷の山神社からこのコースを歩くのだが、きょうは逆に国道から上がってみた。

急な坂を上って間もなく、ハウスの農家の方にお会いした。いつも農道を歩かせてもらっているので、お邪魔様という気持ちがあった。ところが、イチゴ農家の彼は2週間後には収穫で相当な忙しさが待っていると言うのに、急に現れた当方の邪魔を気持ちよく受け入れてくれた。有難い。しかも、何と驚いたことに石屋さんとは親戚関係にあるという。

イチゴ農家で稲取では先駆者の石屋さんから様々な手ほどきを頂いた由。その彼も40年の経験を既に積んでいる。生半可な経験ではない。この場所以外にも公民館近くの自宅近辺により広いハウス栽培をしているそうだ。お宅の隣近所には当方も一度訪ねたことのあるお宅が2軒あった。

その他同級生や友人の中に私も知己を得ている人たちの名前もあった。彼は、農家は大概において何らかのつながりがある、増して、継承者が少なくなっている昨今は、現在の農業人同士のつながりが一層強くなっているという。

ハウスの中を開けて見せてくれた。むっとする暖気が外に漏れてきた。実は冬場はこの暖気によくやられるという。詰まり、長い時間、中で汗を流しながら仕事をし、外へ出ると冷気にさらされ、しかも、一日に何度も出入りするから体温の調節がどうしても崩れやすい。中は暖かいからといって、快適な仕事とばかりは言えないのだ。

よく見ると、各畝にはチラホラと白い可愛らしい花が付いていて、ハチが飛びついたり離れたりしている。なるほどこの段階になると、次は収穫の準備ということなのだろう。ビニールハウスの屋根は新しく葺きなおされて光っていた。ここは海岸に近く風当たりや潮風害のリスクが高く、彼のハウスも一度ペシャンコにされたことがあったと話してくれた。

彼と会えたのは石屋さんが誘導してくれたからかも知れない。
彼と別れた後は、この農道を詰めてイノキワに向かった。久しぶりの石屋御殿は以前のままだった。或る時、石屋さんは私をこの中に案内し、いろいろ説明してくれたのだった。ミカンの完璧な貯蔵庫だった。幾度、ここを、そしてこの先のミカン畑をも訪問したことか。そのたびに様々な話を聞かせてもらった。今日の半日をここに来て、昔を、そして石屋さんを偲ぶことが出来た。実は今日のウォーキングはセンチメンタル・ジャーニーだったのだ。

そして夕方、JA葬祭場で石屋さんとの最後のお別れ。
謹んでご冥福を祈ります。

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