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中の平2020/08/01

「中の平」はその池畔に立つ顕彰碑によると、昭和4年1月に起工して翌5年8月に竣工したとあります。当時稲取の田圃は全域で24町歩しかなかったのを、4町3反歩増やして28町3反歩にまで広げたということです。その田圃の区分使用の権利を初っ端に取得したMさんの話では、新田が誕生するまでの間に色々な問題があったようですが、敢えて開拓を進めた意義は顕彰に値するに十分なものだったと考えられます。

しかし、その田圃も今は殆どがハウス農業に転じて僅か2か所が残っているだけとなっています。昨日はツチアケビを見た後、田圃に寄ってみました。田圃のオーナーの姿はありませんでしたが、稲は背丈を伸ばして順調に育っているようでした。

ところで、その田圃の隣にガマが生えているのに気が付きました。同じソーセージでも、こちらはフランクフルトでしょうか、すんなりとした茶褐色の花穂です。もともと田圃だったこの土地です。水の環境に恵まれているのは当然です。従ってガマが生えていても驚くことはありません。アシやヨシの風景も捨てたものではありませんが、ガマも懐かしい水辺の植物です。

ガマのほわたにくるまれば ウサギはもとのしろウサギ〽 私もこの歌を知っている年齢ですから。

中の平の田圃2020/07/04

<2枚の田圃>

昨日、ヤマハンノキHWを歩いた帰りに中の平に廻ったら、田圃の水路をチェックしているオーナーの姿がありました。この水路はあの立派な貯水池からではなく、その脇の川から取っていると言ってましたから、多分、熊口からか、ゴルフ場からの水を集めたものなのでしょう。この水が涸れたら貯水池からの導管を開けてもらうことになっているとのこと。梅雨もこれからが本番です。荒天が続き、雨風が強まってくると水のコントロールも難しくなります。へたすると流されてしまうこともあり得ます。そんなことが無いよう祈りたいですね。

 

ただ、この貯水池も中の平の田圃造りで建設費の多くを注ぎ込んだ歴史があったそうですが、竣工以来、年を重ねて台風などの被害を受け、補修の必要に迫られているようです。業者が決まれば、直ちに工事が始まることになっているとのことでした。 

この方の田圃は610日の田植え後、順調に来ていると聞きました。シシの被害については金網の垣根を四方にめぐらしているので現在は殆どないそうです。しかし、シカについては油断がならないと言います。1mほどのこの垣根では簡単に越えられてしまうでしょうね。 

ところで、もう一つの田圃について見当を付けていた場所にはないことがこの方の話で分かりました。実はハウスとハウスの間にあって、そこまで足を運ばなければわからない場所にあったのです。現場に来てみると田圃が一枚だけ、青々とした苗が列をなして満々と水を湛えた田圃の中に浮かんでいました。前の方と同じ頃に田植えを終えたものと思われます。

上の写真の手前のこんもりとした林の中に弁天さんがありますので、久しぶりに参拝してきました。立派な祠です。ただし扉は締まっていました。




ニューサマーオレンジ2020/06/29

伊豆のミカンは今やニューサマーオレンジが主力になっているようですが、このミカンにしても、これまでに数々の品種が誕生したお話のひとつをミカン農家のOさんから聞くことが出来ました。

もとはと言えば、日向の国で夏ミカンの木から突然変異でニューサマーオレンジが誕生したことから始まります。酸っぱさはもとより、甘さも凝縮した若い人に受けそうな味わいが魅力だったようです。

そこで農協ではこの品種の改良が幾度となく繰り返され、例えば、青っぽいニューサマーから、赤っぽい品種がより一層魅力的なはずだと奨励されて農家はそれに従ったところ、裏目に出た話が残っているということです。

温州ミカンや青島ミカンなどは、その地味な味わいが昔から人気を保っている理由でしょうが、おかげでミカン農家は今や7種類も8種類もミカン畑を管理せざるを得ないと、Oさんは云います。ただ、それによって、例えば収穫の時期がある程度ずれて続いてゆくことなど利点はあるのでしょうが。

少し小高い所からざっとミカン畑を見渡すと、緑一色の中にアマナツミカンの木が少し目につきます。夏ミカンにしては未だ成長途上の大きさに見えます。しかし、意外なことを耳にしました。この木を残しておくと、ニューサマーオレンジの受粉が促進される、というのです。

「親の夏ミカンは自家受粉出来るのに、その子であるニューサマーが自家受粉出来ない」と、だいぶ前にOさんから聞いたことがあります。それなのに、この話です。自然界は不思議なものに映りますが、科学的な根拠はどこかに潜んでいるのでしょうね。

防風林 その22020/06/15

アルストロメリア
<田代の台地で>
シイの木もここでは防風林の役目だ。今日は日に当たると暑いが、こうした木々に囲まれていると、木洩れ日は差しても風が通って実に涼しい。
「戦時中、昼餉のあとウチのマゴジイサンはこのシイの木の前にムシロを敷いてワラ草履を作っていたものですよ。3時過ぎまでやっていました。その当時は無かったクスの木もこんなに背丈を伸ばしている。これはコトリがタネを運んできたのでしょう」

Iさんのお屋敷は「堂の前」の賽の神様から西へ、「井の際」~見高へと通じる昔ながらの道の途上にあり、高さが4メートル以上はある土手をユンボで切り崩して平地にした上に建てられた。Iさんは地震でも来たら危ないと、ツツジの木を出来るだけ刺して土手が崩れないように地面を固めたという。

そしてIさんはこの話をこう言って締めくくった。ちなみに、Iさんは昭和2年生まれの92歳である。
「まあ、とにかく木の手入れをしたら、あれこれとキリがない。こんなこともありましたよ。マツの木は新芽が出てくると、適度に摘んでやらなくちゃならない。ハシゴを立ててそんな仕事をやっていた時に、足場がすべって落ちてしまった。さいわいツツジの木の上だったもんだから腰を打っただけで助かりましたよ。病院の先生が、その年でハシゴは無理だとあきれていたね。その時以来、どうも腰に力が入らない」

防風林2020/06/14

マツバボタン
<ベランダのマツバボタンがやっと一輪だけ咲いてくれた>

防風林
水下のIさんのお屋敷の背後には野菜の畑の他に、ニューサマーオレンジの鬱蒼とした木がある。その手前で黙々と鍬を振るっていた手を休めて、Iさんは木陰の方に私を案内してくれた。そして、二人して手ごろな丸太の上に腰をおろすと、彼のお話は目の前の背丈のあるシラカシの木から始まった。

「カシの木、いわゆるドングリの木は伊豆高原へ行くと多いね。ここと同じように石がゴロゴロしている土地だと、排水が良いのでよく育つ。稲取ではシラカシの木は珍しく、目につくのはアカガシが多い」
樹木図鑑などの記述の中に、アカガシは関東地方の山地に多いと書いてあるのがあり、東伊豆町は天城山系の樹木に何かと縁があるということに理由があるのかも知れないと私は思った。

「このマキの木なんかは、年を重ねたら枝を切ってはダメで、枝を切ると腐りやすい性質がある。それと、実がたくさん付いて地面に落ちると、水はけが良くて適度な湿気のある所だと育つけれども、陽ざらしだとダメで日かげが良い」

目の前の大きな切り株はサンゴ樹だそうだ。直径30センチはある大きなものだ。サンゴ樹は短期間で大きくなるから、他のものが防風林として定着するまでの間、頑張ってもらったという。「それから、あの奥に立っている背が高い栗の木ね。実は付けるけど、消毒しないもんだから早くに虫が付いて落果してしまう。これも育ちが早いから植え付けた」そうだ。 つづく