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池尻海岸2020/07/24



きょうは水下に用事があったので、それを済ませてから池尻海岸に下りてみました。時刻は4時半ごろでしたので、”磯プール”は名残を惜しむ子連れ客が数人程度。上のプールは既に掃除が始まっていました。
銀水荘前の藤さん払いから





ハサミ石の鳥居2020/07/13


                   展望台からのハサミ石
かつてハサミ石には鳥居が設置されていました。その写真は今でも旧灯台の資料館に展示されています。しかし、昭和53年のあの伊豆大島近海地震で大きな被害を受け、どこに設置されてあったのか、私としては疑問符がついたままでした。それが、今回あらためて設置されることになって、漸くその疑問が解けたのでした。
               展望台から西へ細い道をたどります
実は、知人からつい最近設置されたと聞いて本日見てまいりました。展望台から旧国道を50メートルくらい進んだ所に磯へ降りる道がありますが、その下降点の前に堂々と立っていました。シンプルですが、匠の技が込められた立派な鳥居です。

           鳥居が見えてきました
      <この鳥居をくぐると細い道がハサミ石の磯へと導いてくれます>



この場所の1メートルくらい海側に最初に建てられたと思われる台座が残っていたので、多分この辺に建てられるのだろうと想像はしていました。ただ、現在残っているその2本の柱の台座は間隔がかなりあることから、台座でない可能性がありました。でも、以前の鳥居はそれだけ大きなものだったのかも知れません。それとも、地震で地盤が動いたのかな?

いずれにしろ、資料館に展示されている写真の鳥居の設置場所は今回のこの場所だろうと思われます。長年の宿題を果たした気分です。

東堤防の作品2020/07/05

今朝も時々薄日が差す曇空。昼前まではもつだろうと港に下りました。天王さんでは大勢の方が出て神社周りの整備・草刈りの奉仕、ご苦労様です。

「こらっしぇー」の周りにお客様の姿がチラホラ。次いで徳造丸本店で4~5人のグループがお土産物を物色中。

道祖神「八百比丘尼」の前を右に回り込むと、対岸の向井方面から電車の入線してくる音が響いてきました。一昨日未明からの豪雨で国道135号のガケ崩れが相次いで発声、現在、稲取~白田間、大川~伊東間が通行止めになっています。昨日は伊豆急行線も一時運休しました。熊本では球磨川が決壊して多数の死者が出ているニュースに多くの人が心配しています。

<伊豆東海岸沿いの道は急崖を削って造ったのでガケ崩れとの闘いは続きます>

東堤防(俗に新堤防)に来ました。2~3日前から魚礁のようなものが出現しました。現場に来てみると、やはり想像していた通りでしょうか、赤さびた鉄の枠とその隣に白いコンクリート製品が並んでいます。

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           <この砂利はその材料の一つなのでしょう>

この堤防の付け根の部分に戻って稲取高校生製作による美術作品を撮影。16年度から19年度までの4作品で、去年度の作品はキンメが主役です。

さて、その後は稲取灯台に上がったときから雨が落ち始めたので岬尾根を縦走して立野に下り、天神原に上がって引き上げました。



漁船クルージング?2020/06/19



一昨日、女房殿が何か喚いているので飛んでいったら、役場前の船着き場に着いた「稲荷丸」から10人余りの人が下船するところでした。解散の挨拶を交わした顧客と思われる人たちが向かった先は、「石花海」と書かれたマイクロバスでした。やはり、クルージングのお客様と思われます。だとしたら、だいぶ前から漁船によるクルージングの催しがあることは承知してましたが、こうした光景を見たのは初めてのことです。

手元のチラシによると、コースは役場前の「こらっしぇー」から先ず西へ”はなれ”の岩壁沖を経由して、志津摩の沖合へ向かい、Uターンして次はトモロ岬沖から”ハサミ石”や”カグラ石”を見学。その後、黒根沖を通って「こらっしぇー」に帰着。所要40分で小学生以上は3000円となっています。

お客様だけでなく、地元の人も一度体験しておくとよいと思います。
連絡場所は 稲取温泉観光合同会社 ☎ 0557-95-1157


がんだめし2020/05/30

トケイソウ
稲取には面白い屋号がたくさんありますね。カボチャ、カラス、ケチなどはその最たるもので、これはアダナから屋号になったようです。まともなのは、商売の類でしょうか。米屋、石油屋、酒屋・・・などが屋号に”昇格”したのは自然ですが、世代が代わり別の商売に切り替わっても、以前のままの屋号が通じているのも少なくありません。ひところは、立派な木札を各家に掲げて、町の観光案内のコースにもなったほどです。

きょうは東の堤防で年配の方にまた一つ屋号を教わりました。この方の家の屋号が”がんだめし”だというのです。”がんだめし”とはうまく炊けなかった芯のあるごはん、のことだそうです。

この方のお父上の代でできた屋号だそうで、昔は船主だったということでしたが、当時、新人は先ず飯炊きが仕事でした。お父上も新人の頃は飯炊きでよく”がんだ飯”を炊いたそうです。それでついに”がんだめし”とみんなから呼ばれる様になったということです。


ところで、この”がんだめし”をネットで調べたら、何と千葉の方言だそうですね。千葉出身の女房殿に聞いたら、やっぱり、若い頃にがんだめしをたびたび炊いたと言っております。通常は「めし」を省略して”がんだ”と言っていたそうです。