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入れ食いでサバが! ― 2025/12/14

午後2時過ぎで風が弱まったのでゴー。きょうは午前中雨で、午後から晴れの予想でした。予想通り快適な散歩でしたが、黒根では盛んに大きな波が打ち寄せていました。
黒根

                 現在工事中のムカイの磯辺
この磯辺でもサーフィンが出来るんではと思いながらコラッシェーに到着。
その裏のベンチで休憩後、腰を上げたところ、近くの船着き場で釣り人が魚を釣り上げました。銀鱗が糸に垂れたまま跳ね回っています。聞けば20センチくらいのサバでした。稚魚なのでしょうが、結構大きいです。先日は少し離れた所でかなり大きいのを釣り上げていました。この辺の船着き場では好調のようです。

白田の硫黄坑跡探訪 ― 2025/12/15

先週は白田の硫黄坑址を訪ねました。実は、今年春ごろでしたか、友人と車止めまで車で一度、向かったことがあります。この時は、他の訪問が優先で、結局、時間切れで現場訪問を諦めたのでした。

白田の硫黄坑については、江戸時代(元禄)から明治初期にかけてその坑道が掘削され、その後、公害訴訟にいたるまで長い歴史がありました。私の中学時代(1947, 8年頃)、社会科の教科書に足尾銅山の鉱毒事件が載っていたのを覚えています。日本最初の鉱毒事件として学習しました。
しかし、この足尾銅山の公害事件は明治初期の頃です。一方、我が白田の公害訴訟は1701年からで、江戸時代の元禄期です。しかも、19世紀の末に至るまで実に180年もの長い間、続いたということです。

そんなわけでどうしても一度は現場に立ちたいと、長年の宿題になっていました。このほど友人の車に便乗して現場を訪れる機会を得ました。 (つづく)

白田林道を「車止め」から ― 2025/12/16

取りあえず、白田林道をそのまま走り、先ずはお馴染みの水力発電所の前を通り、更に白田浄水場の前をも通って行きます。とにかく車止めまで一本道。そして到着は10時半少し前でした。南に細野高原へ向かう道を別けてゲートロックされた道が続いています。ゲートの右端の空きを通って、さあ長い林道歩きが始まりました。
      Sが「車止め」で、ここからスタート 黒〇で思案六方 赤〇が硫黄坑口跡
現場到着まで幾つかの橋がありました。かなくそ橋、山の神橋、八丁橋、そして「硫黄橋」が現場でした。途中、案内板が無い二股に出て思案六方。ここは友人、MH氏のヤマカンを信じることにして結果はグーと出ました。マップを用意せず出掛けてしまった不都合を後悔しないで済みました(?!)、 つづく

硫黄採掘坑の現場 ― 2025/12/17


「車止め」(マップのS)から徒歩スタートです。ここにあるのは水源涵養林の看板です。

現場の手前にあった工事の看板。平成28年(2016年)竣工とあります。詰まり現場周辺は自然災害でそれ以前とはだいぶ変化している可能性があるということです。

硫黄橋を渡ると、ここが坑口址だとわかります。硫黄橋を渡ると硫黄の臭いがしたと友人は言います。2号坑の看板は横に臥せっていました。
穴の中は真っ暗でした。

この案内標柱を見て驚きました。「八丁歩道」と書いてあったのです。この奥をたどれば八丁池に通じるということなのです。今はそんな元気はありませんが。

どれが第1坑で2号はどれか? 周囲にそれを示す看板は埋もれてしまっているのか、流されてしまっているのか? トロッコのレールなども見つかりませんでした。
結局現場で一時間半ほどウロウロ(食事時間を含む)して引き上げました。

幾つもの橋を渡る白田林道 ― 2025/12/18

白田林道の”車止め”から硫黄坑口跡までの間だけでも、かなりの数の橋があります。カメラに収めた分だけでもここに紹介したいと思います。
先ずは、車止めを10時30分にスタートしました。
最初の橋が「かなくそ橋」で、10時42分着、1957年8月竣工。
Sが車止め、Wがワサビ田・滝之沢橋、Bは思案六方した分岐点、Yは山の神橋、Hが八丁橋、Ⅰは硫黄橋、Mは見晴橋

           堰堤から滝のような水流

その後、小一時間で滝之沢橋11時32分着。この橋は1972年3月の竣工。

         橋の山側と谷側にもワサビ田が!

更に一時間後に山の神橋、12時32分着

八丁橋が12時33分。

そして、硫黄橋が5分後の12時38分。

それから硫黄橋の先、約50メートルの所に見晴橋があり、1964年11月竣工。

それと、前稿でも触れた災害復旧工事が2016年に施工されたこと。
木の実平林道新設工事や

第16号玉石コンクリート堰堤が第2坑口の上部に1963年11月に竣工したこと等も山行になるでしょう。