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倶会一処 その22023/08/24

(二)
私が彼の顔を最後に見てから今は2カ月も経っている。懐かしい彼の名前(刻印)を前にして、その面影とともに漸く“会えた”のだった。“裸の付き合い”がやっと出来たのに、“その日”が最後のお別れの日だったとは。あの日、浴場に彼はいつになく遅い時間に現れた。実際には私のほうが後から入浴したのだったが、私はいつもの時間だった。彼は逆にいつも早い時刻に入浴していた。
私がカランの前で体に石鹸を塗りたくっていたとき、彼は近づいてきて突然私の左足のふくらはぎに手を当てた。そうして言った。「この強さがあなたを支えているんだね」と。仲間内では山男で通っている私だ。山歩きで肝心な所では私がリーダーシップを取っていた。彼は丹沢の山歩きくらいは幾度か経験している人だった。他にも、秩父や奥秩父を歩き廻っていた前述の仲間の一人や、学生時代、山岳部に所属し、あのカニ族の経験がある若手、そして富士宮に自宅があった建築家は富士山のまわり、特に愛鷹山などを何度も歩いており、生きものや植物に詳しかった。
この4人と私との5人でグループを作って山歩きを始めたのは、そう古いことではない。一昨年と昨年で29回、そして今年3月1日に暫くぶりで歩いたのが最後となった。勿論その時がグループ最後の山行になろうとは誰も思ってもみなかった。その日、山行後の軽い打上げをカフェで済ませた後、散会してから彼とエレベーター内に二人きりになったとき、彼は暫くの間、山行きはお休みすると突然言い出した。実は近く歯の治療をすることになったからだという。思い切って歯をすべて抜いてインプラントに入れ替えるのだと。随分豪勢な話である。一本数万円もするインプラントなのだ。しかし、その話を聞いて少しだけ奇異な感じがしたのはすべての歯を埋め込むのに年齢からして無理なのではないかという疑問だった。彼は68才である。でも、財産家の彼のことだ。医師とも相談の上だからと聞いて私の不安はすぐ消えた。

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