モノ知りな彼 ― 2025/05/15
漁師小屋から出てきた御仁がニコニコしながら「ヨウ!」と言いながら近づいてきた。私は、やあ、と苦笑いを返したが、一瞬、誰なのかピンとこなかった。頭にヘルメットを装着している。軽快に見える流線形のヘルメットは自転車用のものだ。「両手とも空いてなけりゃ良くないよ。いつ転ぶか分からないからね。両方ともフリーハンドなら問題ないけど、少なくとも片方だけでもね。お互い後期高齢者だからさ」声に独特の訛りがある。でも、声高で言葉の一つ一つを丁寧に発音してくれのが有難い。
稲取臨港橋より
先日も同じようにこの場所で彼が出てきた。その時は、「やあ」のニコニコ顔に「おう」と返事しただけで、私は彼が誰なのか認識できないまま、手を挙げただけで帰りを急いだのだった。考え事をしていたせいか、彼のことはそれっきりになってしまっていた。そして今回である。彼が近寄って来るまで立ち止まったままでいる間に、やっと、彼だと認識するに至った。エイシンさんだ!
彼との付き合いは最近は路上で会ったら軽く話をする程度だが、10年も前に港内でボートを操作しながらアワビ獲りをしている姿を見かけたのが最初だった。顔がすっぽり入るほどのガラス付きの大筒で海中を覗き込み、器用に足を動かしてボートのカイを漕ぎながら的を定めていた。その後、数年が経過して、SO2の漁船を船揚げ場に揚げたまま外海へ漁に出ることはなかった。
そして暫く見なかった彼の姿を路上で見た時、輪っかの付いた箱に子犬を2,3匹載せていた。林の沢の市民農園が出来て間もない頃だった。腰に刀でも差していたら、あのテレビ番組を想起させるに十分な“舞台装置”だった。「しとしとピッちゃんしとピッちゃん…大五郎〽」実はその市民農園からの帰りであることが分かったのだ。
彼の家は大川端にあり、そこから農園に通うのには訳がある。農園の上に彼の兄が住んでいて、ある時からそこを離れることになり、弟の彼が管理を任されることになった。ちょうど彼も漁を辞めて隠居しようかと考えていたので、二つ返事で引き受けたのだった。そして去年、その兄が他界し彼が法定相続人になった。そんなわけで彼は毎朝、息子の車に便乗して農園通いをし、帰りは犬を3頭引き連れながら、のんびりと“しとしとぴっちゃん”で下山して来るのだった。つづく
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