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林道歩きで終った長九郎山2026/05/22

長九郎山ではシャクナゲが梅雨前の一時期に見ごろを迎える、と安曇野の友人に話したことがある。去年、松崎町の富貴野山宝蔵院を一緒に訪ねた帰りの車中でのことである。最近は4月半ばから一カ月ほどの間に一週間くらい見頃が続く。ただし、植物のことだ。見ごろが何時になるかは予測が難しい。

今回、友人が来町したのは16日(土)。天気情報を踏まえて19日(火)に急遽、その長九郎登山を決行することになった。彼は勿論、初めてのことだが、私は計3回山頂に立った経験がある。最初は池代からの往復で、二度目が大沢温泉から八瀬峠経由での往復。いずれも単独行。そして3度目が宝蔵院からの往復で、この時は山仲間のうちの2人と一緒だった。

今回は彼との話し合いで、なるべく車でアプローチして実際の歩行距離を少なめにした楽々登山にしようと決めた。国土地理院の地図を見ると、林道が四方八方から長九郎山の周りに伸びている。この林道を有効に使って楽をしようという訳である。ただし、出発前に、この林道に車両進入禁止のゲートが設置されて無ければ良いが、という多少の懸念があった。実際にあったとしたら、なるべく山頂に限りなく近い場所であることを祈った。

 

コースは池代からの往復を選んだ。車は河津から松崎街道を行き、道の駅「花の三聖園」手前のバス停大沢温泉から池代川に沿ってバス道路を行く。こんなにも狭い道路だったかと思うほどであるが、現在も運行営業しているかどうか気になる。やがて池代集落に到着し、三叉路に立つ長九郎案内図を見た上で北側の山路をたどる。時刻は既に10時半を回っていた。


道は紆余曲折を繰り返し上部にゆくに順って険悪な様相を呈してくる。軽トラほどの車でないと通行は危険だ。山側は急斜面で所々に落石した大岩小岩が目に付いた。谷側は勿論“奈落の底”である。しかし、友人の車は四輪駆動車で普通車でありながらコンパクト、そして路面のホールドに安定性が髙い。伊豆の山路を走破するために購入したのだそうだ。しかも自由奔放に駆使する運転の腕前を備えている。吾輩としては心強い相棒である。

ゲートストップに着いたのは11時10分。松崎町の地図を見ると、長九郎山頂の中間地点にも届いていない。残念!

ゲートにかかっている案内図によると、長九郎山頂まで2時間、スタ-トの池代まで40分。やれやれ結局2時間は歩かねばならない。ゲートまでは悪路の連続だったのに、道幅も充分あり、良く管理された歩き易い道が車の進入禁止とは恨みがましいかぎりだ。文句言っても始まらない。オトナシク歩くしかないのだ。日本アルプスや尾瀬などの林道にはこうしたゲートストップが随所にあり、その甲斐あって自然環境が保護されているのだ。何はともあれ、この地域は天城に属する。従って天城国有林の一部である。特定の制限があるのは仕方ない。

 

さて、このゲートストップから登山道が続いているが、私たち老兵は無理をせず林道歩きを選んだ。長い長い林道歩きだった。しかし。深山に入るとヒノキやスギなどの美林街道の雰囲気充分。枝打ちなどの手入れが行き届いているのだろう。更にこの道沿いにポツンポツンとワサビ田が散見された。

長九郎山の“膝元”の目安として硫黄橋と名が付いた橋がある。ここから長九郎林道は「八瀬峠」に向かって西へ方向を変える。いよいよだなという気持ちになる。この橋に着いたのが13時少し前だった。案内図によると山頂まで約1時間、池代迄2時間とあった。本来の登山道(長九郎歩道)がここから上に繋がっていたが(松崎町の案内図参照)、道はあまり歩かれていない様子で少し荒れた状態であった。そこでこの先、八瀬峠に通ずる林道は平坦な道で、このまま西へ林道を行き10分ほどでカンス林道へと迂回して再び長九郎歩道に戻った。

                硫黄橋

ところがこの歩道を見上げると小岩ゴロゴロの涸沢である。時刻は13時50分。昼食も摂っていない。相棒氏の彼は、私が彼との磯歩きで度々転んでいるのを間近に見ている。有難い提案があった。「今回の山歩きはこれまでとしましょう」 シャクナゲは来年までお預けとなった。その時は、やはり富貴野山宝蔵寺からの長九郎往復と決まったのであった。

                   ガラサワの長九郎歩道


ヤマハンノキハイウェー2026/05/02

久 しぶりのヤマハンノキHW。テーマはツチアケビの状態がどうかということ。今年の秋には立派な”ソーセージ”に結実してくれるかどうかです。


バスに乗ってアニマルキングダム(A)で下車、ウォーキングスタート。アニキンでは大勢の子ども連れの客が9時半の開館を待っていました。

先ずは急な坂を上ってゴルフ場との分岐(B)に来ました。
分岐を左に向かうとヤマハンノキHW 実際はヤシャブシが天を覆っています。

その後、20分ほどで”おおみよ”の尾根が見えてきました。ここまで来ると余裕です。

菖蒲沢が近づいてくると、シャガが今年も開花してました。

そして菖蒲沢沿いに来て、ありました在りました! 茎に花が付き始めてる!
拡大して↓ 今秋にはこの花がソーセージになるんです。今日来た甲斐がありました

11時には「中の平」(D)に着きました。例によって記念碑の石段で休憩。
田圃はまだ田植えの準備ができておりません。例年だと6月に入ってからでしょう。
マップのEが字ヨカサカで、柚久保道を行けば”ひらなみHW”です。でも、ここは天城~入谷道を下って国道に出ました。帰宅したのが12時半。約2時間のウォーキングでした。距離にして約8キロ、マピオンのキョリ測で350キロカロリー、オニギリ2個分でした。

”緑なりき”2026/02/03

17年前に千葉から伊豆に移住して、稲取入谷に”わが谷は緑なりき”を見つけることが出来たのは精神の安定を得る上で大きな意味を持っています。ここに最後の根を張ることが出来るかも知れないと感じたのです。
今朝は雑用を片付けてから午後になって”緑なりき”を目指したのがいけなかった。あれほど青空だったのに、山の手は殆ど雲に覆われていました。それでも時々日が差していたのに救われました。
”わが谷”の撮影は山の上から下へとねらってみようと、先ずは大長坂から栄昌院経由で入谷道を山神社先のJA倉庫まで上り、ここで休憩した後、稲取アルプスを歩くことに決めました。
「稲取ふれあいの森」のランドマークが今回のオープニングです。

田代の台地に上がるまでは急坂に喘ぎます。ミカン畑のウメが満開でした。

続いて天城・入谷道の美しい石積みの壁を見ながら山神社先のJA倉庫に到着。

休憩後、少し戻って”稲取アルプス”に入りました。
伊豆大島が少し霞んでいます。

吉窪道に出る手前で”柚久保のみよ”を仰ぎます。”わが谷”はこの山裾にあります。

さあ、吉窪道に入りました。青い海と”わが谷”です!
れぞ、わが谷!




谷へ入ってみます!

ペンション{壬生の庄」と、背後に新鉄塔3号基
はて、これは何でしょう? 暫く休耕地の状態でしたが。


帰り道。”緑なりき”はまだまだ続きます。Ⅴ字谷の頂点に”壬生の庄”があり、この建物の裏側に”ひらなみHW”があって、更にその裏に新道が開通しました。
この谷間にはミカン畑が上から下まであったのですが、数年前に休眠状態となりました。それが最近また新しい動きが出てきました。また将来だいだい色で埋め尽くされるのでしょうか?

マップの「よしくぼ道」から谷により近づいて、更に右回りに下りて行くと、伊豆大島や旧一望閣の前に出ます。


背後の山がバリカン山(柚久保のみよ)です。旧一望閣の周りも奇麗に整備されました。いつ営業が開始されるのでしょうかね。
続いて、稲取大川の橋を渡ると”中川の畑”です。ここで数多くの農家の方と長きに渡ってお近づきを得ました。私にとって貴重な有難い出会いでした。
”故郷の緑なりき”は次世代に引き継がれています。後々までも永遠なれ!
と、願ってこの稿を終えます。

浅間山に登る2026/02/01

早いもので、私どもは”ツイノスミカ”に稲取を選んで17回目のお正月を迎えました。そして今日から2月です。遅まきながら、浅間山の初詣に行ってまいりました。暫くぶりです。
バスは終点のアニマルキングダムで降り、ゴルフ場への坂道を上ってゆきます。上の写真は動物のエリアから遊具エリアへ向かう橋です。この下をくぐり、振り返って撮りました。
そして、”ヤマハンノキハイウェー”(細野高原に通じる)を左に別ける所まで来ました。
サルに似た顔の木は何でしょうか?後ろの杉の仲間とは別の木ですが。
直進の道左側にはオオシマサクラがズラリと並んで、遅咲きでも開花したら素晴らしいサクラ街道になります。一方、こちらの細野への道はヤマハンノキならぬ、ヤシャブシ街道です。この時季は黒い小さな実を付けています。

直進の道にはカラタチの木が幾本かあります。今は幹や枝が生気の無い色から薄っすらとした緑色に変わろうとしていました。秋には”まろいまろい金の玉”を付けます。

さあ、前方が開けました。いつの間にか、巨大な鉄塔が立ちました!
相変わらず、美しいフェアウェー

これはまた何の工事かな?電線を地下に埋める?右側には電柱が並び過ぎている?


浅間山へユーターンする道に入りました。この道にも、かつてより多くの電柱が設置されました。巨大な送電線鉄塔が立っているのと無縁ではないような気がします。これから上がる浅間山の東側尾根の巨大風車とも無関係ではないような気もします。

山頂直下までの間に天城山の好展望が得られる場所があります。
戸塚尾根を追って天城山脈に上がったルートが懐かしい。

山頂直下に着いたら、長い石段を上って山頂の祠に挨拶です。
夏の午前中にお出ましになった”おキツネ”さまは今は昔となりました。

浅間山頂の肩とも云える展望台から迫力ある新風車が!

白田川にかかる赤川橋付近を遠望

山頂から続く尾根を追って山腹の岩祠に向かいます。
御覧の通り、見事に修復された石段を下ります。

お久しぶりです。今年もよろしくお願いいたします!
祠から石段に戻って風車3基をパチリ。おや、グライーダー基地が無くなってますね!
こうして”ふるさと”が遠ざかってゆくのですね。

ひらなみHWから志津摩へ2026/01/29

今朝は殆ど無風状態でした。出かけない手はありません。早速ゴーです。
最近の事例にある通り、出発はミカンワイナリ前からです。そうです、ヨカサカ柚久保道を行きます。その後、”荒巻”から久しぶりに志津摩へ足を延ばしてみました。
マピオンの「キョリ測」によると、この日に歩いた距離は7,172m。オニギリ2個分だそうです。
さて、先ずは柚久保道に入りクロカンコースの手前、芝生の広場に隣接した所で小さな白い実を付けている木が目に入りました。百日紅のような実です。ただし、木肌がスベスベしておりません。お馴染みの木だったのに、名前が出てきません。帰宅して調べたら、白檀、”センダンは双葉より芳し”の、あのセンダンでした。摺りつぶすと白い粉になる。残念ながら、私には香りが届きません。耳が遠くなって嗅覚もききません。

緩い坂を上りきると、前方に”おおみよ”の尾根、そして三筋山。たびたびあの尾根を歩いた思い出がある。中でも仲間と歩いたとき、消火用(?)の水桶に片脚を突っ込んでしまったことは鮮明に覚えています。当時、案内役でしたからね。一人歩きの方が多かった昔の話ですが。
尾根には河津の風車が並びます。

”ひらなみ”に来ると、路傍に軽4輪車数台留まっていました。何があるのかなと思ったら、一台の乗用車の看板に地籍調査云々の文字がありました。多分、所有者のIN園芸さんでその調査が必要になったのでしょう。町役場の車も2台ありました。

そして坂を上がり切ると、”おおぶら”峠です。
休憩がてら、爪木崎方面を暫く遠望します。

ここでマップの中身を紹介します。
A~Bがヨカサカ柚久保道、Bで入谷天城道に到着。山神社手前のCがJA倉庫で旧道に入り、大久保橋を渡って農免道路を横断し、開拓地”あらまき”の園芸ハウス群に下ります。ここでご婦人が”露地”の畑で作物の手入れをしていましたので少しお邪魔しました。実はこの方にお会いするのは二度目で、既に見高入谷の畑でご主人と一緒に作業中にお会いしていたのです。しかも、本日柚久保道の大洞峠でハウスの前にご主人の乗る軽トラが停車しているのを見てきました。彼女は単車でここへ来たようです。
北側から見た”あらまき”↑と、南側から見た浅間山・風車尾根 ↓

さて、いい加減で邪魔を詫びて次はE~Fと来て志津摩に下りました。ここでも運よく知り合いのご隠居さんご夫婦にお会い出来ました。おわり(も)良ければ全てよし!幸せな一日でした。