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ハサミ石の鳥居2020/07/13


                   展望台からのハサミ石
かつてハサミ石には鳥居が設置されていました。その写真は今でも旧灯台の資料館に展示されています。しかし、昭和53年のあの伊豆大島近海地震で大きな被害を受け、どこに設置されてあったのか、私としては疑問符がついたままでした。それが、今回あらためて設置されることになって、漸くその疑問が解けたのでした。
               展望台から西へ細い道をたどります
実は、知人からつい最近設置されたと聞いて本日見てまいりました。展望台から旧国道を50メートルくらい進んだ所に磯へ降りる道がありますが、その下降点の前に堂々と立っていました。シンプルですが、匠の技が込められた立派な鳥居です。

           鳥居が見えてきました
      <この鳥居をくぐると細い道がハサミ石の磯へと導いてくれます>



この場所の1メートルくらい海側に最初に建てられたと思われる台座が残っていたので、多分この辺に建てられるのだろうと想像はしていました。ただ、現在残っているその2本の柱の台座は間隔がかなりあることから、台座でない可能性がありました。でも、以前の鳥居はそれだけ大きなものだったのかも知れません。それとも、地震で地盤が動いたのかな?

いずれにしろ、資料館に展示されている写真の鳥居の設置場所は今回のこの場所だろうと思われます。長年の宿題を果たした気分です。

今年のお祭り2020/07/06

<スサノオ神社>

今年の夏まつりは、新型コロナウイルス騒ぎが未だ収束のきざしがないため、神輿の巡行は行わない「居祭」の形で開催することになったようです。従って渡御祭、還御祭はありません。

お祭りは、例年通り7月15日に主神に代わる宮型を三宝とおもちで飾りつけ、祝詞を上げてからスタートします。
今年は静かなお祭りとなりそうです。

ハサミ石の鳥居2020/05/20

設置は今月だと言っていた鳥居はその後どうなったか、既に設置されたのか様子を見てきました。しかし、結果はノーでした。
ただ、どこに設置するのかというのも興味があり、この点については満足のゆく結果が得られました。展望台から旧国道を西に辿って小尾根が海に向かう入口の部分に大きな穴が2か所に掘ってありました。

実は、先週はさみ石の磯に下りた時に四角いコンクリートが二つ同じような場所に埋め込まれていたのを覚えています。真ん中にそれぞれ穴があったので、以前立てた鳥居の台座ではないかと思っていました。その台座と思われた二つのコンクリートは3mくらいの間隔を置いて埋まっており、鳥居の2本柱の間隔にしては開き過ぎですが、それは多分、あの近海地震の影響だろうと思っていました。

とにかく場所は特定できました。あとは設置を待つだけです。やはり新コロナが終息してからかな?

旧稲取灯台から新トモロトンネル口に下りてきました。

旧国道に下って展望台から右の道に入ります。

海側への下降点が見えてきました。画面の左です。
十字の木片が方角を示していますね。




天王さんの雛段飾り2020/02/20


東伊豆町稲取で今年も「雛雛段飾り」が始まりました。

天王さんに下りてみると、大勢の人が坂を上下しています。去年駐車場が本殿脇に完成たことから、大鳥居まで下りて帰りに上がってくる人たちもいました。海岸通りの方から介護された車椅子の人も。このスサノオ神社の雛段飾りは結構人気があるようです。三島神社でも同時に雛段飾りが始まっていました。

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                    <こちらは足湯> 
ヤオハンで買物を済ませた後、文化公園で昼食。ここのサクラは半分満開で他は緑が濃くなっていました。サクラが終われば、次はハナモモが派手に盛り上げてくれる。公園入口では露店も幾つか出ていたし、雛の館も訪れる人が少なくない。

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「雛段飾り」は3月10日まで
「雛のつるし飾り祭」は3月31日まで





ネズミと、キツネ・権現様2019/08/24

昭和59年発行の『往還』という東伊豆町老人クラブ発行の記念誌があります。この分厚い記念誌の中に入谷クラブの鈴木富作さんが書いた「野ねずみ大発生の思い出」を読んで、これだと思いついたことがあります。

 

彼は戦前の子供の頃、牛馬の餌を求めて草刈り場の細野や松峰(まつみよ)に行って驚きました。オバナやススキの馬草はなく、牛馬の餌にはならない“いちごバラ”しかなかったのです。“犯人”は大量に発生したネズミでした。ネズミは木の根、草の根まできれいにかじり尽してしまうすさまじい生き物です。

 

ネズミの異常発生は10年以上も続き、さしもの広い原野も食い尽くされネズミはその後、里にまで下りてきて稲田を荒らし、稲の間に巣を作って子を生むようにさえなりました。このネズミの害は10年以上も続いたということです。長い年月飼料となる草は生えてこず、昔のように緑の原野がよみがえったのは戦後のことだったと書いています。

 

            稲取八幡宮にて

この話を読んで私が思い出したのは稲取八幡宮のネズミと、大久保の大家の氏神様のネズミでした。前者はお稲荷さんの使いであるキツネとネズミが一体になった石の彫刻で、後者は権現様に組み敷かれたネズミで、こちらは木祠の台座に彫られていました。太古の昔から現代に至るまで開拓者たちがネズミに苦労させられてきたことがよくわかります。

              大久保の大家にて