<><><><><><><><><><><><><><><><><><>

内山淳子さん文科大臣賞受賞2020/12/29


    前方、講師席にて手振りをまじえて説明する内山淳子館長 (2017年撮影)
奈良本の町立図書館長、内山淳子さんが文部科学大臣表彰を受けた旨、昨日の伊豆新聞で知りました。図書館活動にかかわる多大な功績に対して10年に一度の表彰だそうです。特に子供の読書活動を推し進めるための「おはなし会」を毎週、28年間も続けてきていること、人形劇の「あしたば」の産みの親でもあり、青少年の健全育成に寄与したことなどで評価されたらしい。

彼女は独身時代JAICAの青年海外協力隊員としてインドネシアに渡った経験があります。JAICAとは国際協力機構のことで、外務省が所管する政府開発援助(ODA)の実施機関です。内容は開発途上国のインフラ整備、農産業技術育成、教育文化など多岐にわたった活動です。そうした海外の経験が彼女の出発点にあったことは、その後の図書館活動を推進してゆく上で大きな力となったであろうことは想像できます。特に、図書館司書の資格を生かして町立図書館開設の立役者の一人として奮迅の働きをなさったことは町民の記憶に銘記されていることと思います。

この図書館では年間を通じて様々なイベントが開催されてきました。今年は新型コロナの影響があって難しい対応の中、規模を縮小したり、あらゆる対策を取って万全を期したことが窺えます。子どもたちだけでなく、我々高齢者のためにも生涯学習の場として「音読サークル」の開催などを続けてくれました。感謝したいと思います。

今年は世界中の人々が味わった、そして未だに続いている重苦しい1年でしたが、年の瀬に来て、ようやく明るいニュースが舞い込みました。あらためて図書館長並びに職員の方々に感謝したいと思います。



人生の達人2017/12/15

伊豆大島
<冠雪した伊豆大島三原山 12月14日>

今月の1日に三筋山へ登った帰り、入谷道から吉久保道を下った際にオバちゃんが一人で坂を上がって来るのに出会いました。ちょうど“稲取アルプス”への分岐にかかる急坂でした。この急坂で歩く人の姿はめったに見られません。行き交うのは殆ど車です。様子を見ていると、ゆっくりと、でもリズミカルに歩みを進めています。

近寄って声をかけると、相手もニコヤカに挨拶を返してくれました。私が“おおみよ”の尾根を歩いてきたと言うと、彼女も学校の遠足で細野にはよく行ったと聞いて、この土地の方だとわかりました。お住まいがこの上の新開地にあり、浜地区から移住してきたそうです。ご主人が認知症のため、今は車がなく外出には苦労していると言います。

ところが年の頃、65、6かなと思っていたら、80才になると聞いて驚きました。顔や首には皺が全くなく、中肉中背でチャーミングな方だ。こうして外出が出来るのは、やはり浜に住んでいる娘さんが度々訪ねて来てくれるからです。おかげで週に2回は自分の時間が持てるので、実家の弟が経営している旅館の仕事に出られるのだそうです。

認知症のご亭主の面倒を看るだけでも大変なのに、外で仕事もしていらっしゃる。しかもこの高齢で。ご本人は、日常の目の前の仕事に熱中していると疲れなど感じないものよ、むしろ楽しいと感じる方が強いと言います。三度の食事の準備にしても何をどう料理するか思いめぐらし、結果が満足ゆくものであれば嬉しい、だから料理の番組はよく見ると。

お別れして急坂を下りながら、この人は人生の達人なのだな、と感心したのでした。

83歳の猛女2016/01/15

一昨日は、稲取の山神社から農免道路を歩いて見高地区に入り志津摩に下ったのでしたが、途中、Tさんから、たまたまお話しが聞けたのはラッキーでした。Tさんは昭和7年生れの83歳のご婦人です。坂を登ってきた彼女は背がスラリとして、歩く姿はその年齢を全く感じさせません。

「この年で、わたしくし、お勤めしているのよ」と聞けば、やはりわが耳を疑います。ご主人が勤めていたホテルに午前中2,3時間、週4日通っているというのです。仕事は洋裁で、暖簾や従業員の制服を作ったり繕いものをしています。

そもそもはご主人亡き後、ホテルから口がかかり、家に閉じこもっているよりはと勤めることに決めたのだそうです。1日、2,3時間なら、体力的にも負担が少なく、大勢の仲間とお喋りをし、時には食事を共にするようになって毎日の生活に張りが生まれました。

そのほかに月2回、白田の社会福祉センターの粘土細工教室にも通っています。この教室は行政の支援があって、65歳以上ならば教材以外は無料で参加出来ます。ここで友達と一緒に楽しく学んでいるということでした。Tさんは社会参加を厭わない自立したご婦人だったのです。

結婚して大船に住んでいる一人娘が、心配して呼んでくれているが、誰に気兼ねすることなく自由に生きられる今の生活を大事にしたいと言います。それは彼女が妻としてご主人を看護した苦しい日々から、ようやく解放された反動とも思えるのでした。

ご主人は食道がんを患い、食道を切除しました。長い入院生活後、結局は自宅に戻り、Tさんの介護を受けました。食事は流動物しか摂ることが出来ません。見るからに痩せ細って“生きた屍”のようになる頃には、本人の肉体的・精神的な苦しみにTさんは翻弄され続けました。

ついにはお酒を浴びるように飲むようになり、語るも哀れな凄惨な日々を最後に他界しました。Tさんは献身的に夫に尽くしきれたことを今でも、自分自身だけの誇りにしています。この体験で彼女自身が強くなったと言っているようでした。ご主人に先立たれてから、もう20年になるそうです。

東河クリーンセンター2015/08/06

東河エコクリーンセンター
東伊豆町の公式HPによると、「エコクリーンセンター東河 維持管理の状況に関する情報 27年6月分」について、チッソ酸化物、塩化水素、ダイオキシン、煤煙濃度などの排煙中のデーターがいずれも、国の定める基準値を大幅に下回っています。

ゴミの焼却処理施設が極めて優秀な性能であることは、住環境に貢献していることで高く評価できると思います。一方で住民の住環境保全の意識はどうか、ということでは当ブログで再三、疑問点を指摘してきました。昔からの悪しき習慣や、慣れあいの風潮がまだ残っているということです。

例えば、町なかでは家庭の生ごみや商売上から出た生ゴミを下水溝に捨てる人、谷間に大量のミカンを捨てる人、とりわけ、地主だから問題はないという考えのままでいる農家がまだまだ多いということです。所有地である畑の中やその周りならば許されるでしょうが、公道に沿った谷あいなどでは、たとえ地主であろうと、やはり遠慮すべきではないかと思うわけです。「公序良俗」という常識です。

さて、今朝はいつものように国道からクリーンセンターに上がったとき、1台の軽トラがセンターに入るところを目撃しました。荷台には芝刈りをした雑草が、“あおり”すれすれに載っていました。荷台からあふれるほどではありません。

私が瞬間、おやっ?と思ったのは、雑草を持ち込むのが異例に思えたからです。どういう方だろうかと、処理が終って出てくるのを待つことにしました。およそ10分くらいで荷台を空にした先ほどの車が戻ってまいりました。ご主人に突然の質問を詫びます。

先ず、先ほどの雑草の量からして、料金が如何ほどか尋ねると、250円ということでした。次にこのゴミは会社仕事で出たゴミか? いや、個人の庭を芝刈りしたとのこと。第3にお宅には畑があるか?との問いに、大したことはないが、奥様が手持ち無沙汰に野菜をつくっているわずかばかりの土地があると言います。

端正な顔立ちとともに温和な感じのこの方は、勤め人で定年になってから暫く芝刈りの仕事をしたことがあるが、畑仕事はしたことがないとのこと。最後に、大量の落果や摘果ミカンは産業廃棄物に相当するから、このセンターでは引き取ってもらえないだろうということでした。伐採した木の枝については、太さ10センチ以内ならOKだそうです。

この方のお宅の事情があるのでしょうが、例えば庭に山積みにして枯れるのを待って焼却するとかの方法を取らず、勿論、人目のない所で違法投棄することもなく、きちんとクリーンセンターに持ち込んだことに対しては、あらためて敬意を表するとともに、久しぶりに爽やかな風に触れた思いで心が軽くなりました。稲取人もなかなかやるな、と。

一望閣2014/08/05

ご存知、一望閣。
営業撤退から何年になるのでしょうか?管財関係はどうなっているのでしょうか?いつまでこの状態が続くのでしょうか?町当局はどう対処しているのでしょうか?

 

「小麦田の上」のちょっとした台地に建つこの一望閣は名前の通り、港を始め、稲取の街を俯瞰できるビューポイントにあります。特に、東田の上や中川の畑あたりから仰ぎ見ると、その雄姿たるや夢の城のようでさえあります。

 

.
それが今、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の影が漂っている城に成り果てているとしたら、まことに嘆かわしい存在です。以前から気になっていましたが、玄関脇の一画に大小の白物家電が捨てられて、ゴミの山になりつつあります。冷蔵庫、テレビ、エアコン・・・。いったい、どんな人種がここへ捨ててゆくのでしょうか?
.

 

各種の文化、スポーツ関係で利用したいフロアを探しあぐねている人たちがたくさん居るというのに、この空き家、無住の建物の存在をいつまでも放置しておくのは如何なものか?