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海防の松2020/11/02


<背景は浅間山~チュウチン山~アスドとつづく末端の尾根です>
中の瀬公園と淵の川公園を訪ねた後に近くの「海防の松」に寄ってみました。ご存知「はりつけの松」とも言われるこの松は、1793年に松平定信の命で数百本が植えられたと看板に書かれていますが、今では数本が残るだけだそうです。

12年前にはこの公園の松はまだ公園自体が松林の鬱蒼とした環境の中にあったと記憶しています。確か一本の大木が根元近くで折れていたよう思います。それが写真でわかるように大木の切り株がそこら中にありますね。松枯れで切らざるを得なか
ったのが殆どでしょう。

松枯れの原因はマツノザイセンチュウの仕業というのは知っていましたが、調べて見たら、マツ材線虫病に侵されて、その結果、松が枯れるのだそうで、マツノマダラカミキリがマツノザイセンチュウをマツに運んだ共同作業ということでした。このカミキリムシは枯れた松の穴ぼこに卵を産んで子孫を残すということです。

この公園は下草も奇麗に刈られてすっきりした公園になっています。隅の方に腰かけ出来る細長いコンクリート台があります。ひと休みできます。写真で見るように何かの敷地になっていたような部分があります。そして石段を設けた祭壇?花壇?何があったのでしょうかね。
           白田側から見た「海防の松」



片瀬の「中の瀬公園」2020/11/01

白田川左岸を海岸へ向かって旧道を、次いで国道を渡り最初の路地を左折してライオンズマンションの方へと向かいます。すると、以前にも見たことがある公園を見つけました。石柱の門に「中の瀬公園」と刻まれていました。

 

大きな石碑に供えるかのように立派な花壇がひと際目立ちます。石碑の表面には「完成記念」とあり、裏側には文字が幾つか見えますが、植樹の陰で殆ど読めません。フィールドは、野球は無理でも、バレーボールの一面くらいは取れそうな広さです。でも、ベンチがないので訪れる人がいても、そのまま通り過ぎてしまうことでしょう。

 

この敷地内には防災センターがありました。2階建ての大きな建物です。センター内には人の気配がなかったようです。消防の第4分団器具置き場も付随しています。何かあったときの拠点なのでしょうか。

 

この後、「淵の川公園」を訪れた時に、公園のベンチに一人の年配の男性がいたので話を聞いてみると、この辺一帯は昔田圃だったということでした。宅地にするのにかなりの土を盛って全体をかさ上げした格好にしてあると言います。彼はこのエリアに防災センターはふさわしくないと言います。東北大震災クラスの地震と津波が来たら危ないと。そして近くの高層マンションに逃げ込むのが一番だと。

 

区としては災害時の一時避難場所と考えているようです。園内に遊具などを置かないのは大勢の人を集めることが念頭にあるからなのでしょう。


片瀬の公園2020/10/30


          <淵の川公園>
片瀬に「淵の川」という名前の公園があります。先日、その場所を調べておこうと訪ねたのですが、奈良本の図書館の帰りにふと思い立って寄ったので折角、探しあてたのにカメラは持参していませんでした。きのうは思いがけない良いお天気だったので、それではと出掛けて見たのでした。

片瀬のバス停で下車して片菅神社へ向かったのには理由があります。熱川海岸と片瀬海岸を結ぶ遊歩道(ゆなみ遊歩道)を歩いた時、「はりつけの松」の手前で中側に並行する道に入って橋らしくない橋を見つけたことに由ります。

この橋は「いでゆ橋」と刻んでありました。竣工年月日は確かに刻まれていたのですが、風水による蝕害で殆ど読めません。食事処「燦」の前にある橋です。遠目には道の両サイドに突起物があるくらいにしかわからず、近づいて橋とわかりました。右の山側に幅1mほどの水路が入り込んでいるだけで、左の海側は暗渠の状態になっています。多分、昔はもっと幅が広い川だったのでしょう。


念のため、磯に下りて流出口を覗いてみました。ある程度の水が2mくらいの川状になって海に流れ込んでいました。以上こうした予備知識をもとに片菅神社の先まで歩いてみたのでした。結局、赤川橋からくる変則4差路(昔、水神様があった)から流れて来る水が神社の前を通ることが分かりました。そして片瀬を通って「いで湯橋」まで来ていることをほぼ確認したのでした。


「いで湯橋」に出る前にライオンズマンションの脇を通って「淵の川公園」を勿論訪ねました。入口にはバリアがあって駐車禁止の小片が付いています。でも、両サイドに隙間があって人の出入りは出来ます。中に入るとただっぴろい感じで、真ん中辺にベンチがあり、その頭上には大きな藤棚?が屋根になっています。滑り台やブランコ等はありません。寂しい公園という印象でした。

「淵の川」というのは何かの淵を流れている川、というのが普通の理解だと思うのですが、赤川から流れてきた水が白田川の淵を流れ、この公園の前を通っていることから付いた名前なのでしょうか。


風土の森2020/10/27



帰途、マップの1から河津駅方向へ直接向かう道を行くと、直ぐ右手に「風土の森」の矢印標がありました。それに順って間もなく駐車場の奥に絵看板があり、その裏から遊歩道が上がっていました。看板には森林浴が楽しめるとあります。

バガテル公園は今回が3回目の訪問なのに、この森については全く知りませんでした。時間は充分あるので、とにかく行ってみようというわけです。暗い森の中へ入った途端、大きなジョロウグモが目の前に。クモの糸をうまくすり抜けてコト無きを得ました。突然のことでビックリしました。

それにしても、カメラを向けてなかなか焦点を結ばない。反対側に廻ったら、オナカを撮ろうとしていたことが分かりました。あらためてカメラを向けたら逃げられてしまったので、お腹の部分に何か理由を見つける手立てを失ってしまいました。残念。


比較的歩き易い道には所々に「山頂付近」と書かれた方向指示標柱が立っており、適当なところで、その木段を上ってゆきましたが、この先は登山道のようなものです。しばらく、少々荒れた道を追うと、ついに山頂に最も近いと思われる場所に到着。そこには家族と思われる3人がいて食事をしていました。

チョット場違いな感じがするほど、展望もない寂しいところです。テーブルとイスがついているところは仮の山頂とされたのかも知れません。バガテルの駐車場へはこの先下ればよい道が通じていると言います。幸せそうな家族と別れてその先へ向かいます。すると間もなく舗装された良い道に出ました。つまり、遊歩道入口から途中の枝道を選ばなければ、家族がいた山頂付近に到着する一本道だったということです。


しかも途中、東屋のある展望所があって、ここからバガテル公園が眼下に一望できました。しばらく休憩です。山の稜線を見上げれば天子平別荘地が拓けています。いつのことでしたか、沢田からこの尾根に這い上がって行き着いた別荘地でした。そして三筋山経由で稲取へ下ったのでした。満足のゆく山旅だった思いがあります。
           右下にバガテル公園の入口  稜線左側に天子平別荘地
さて、出発点に戻って河津駅へ向かいます。山中のことですから車も殆ど通らず、例によって覚えたてのコンコーネ7番から12番までをガナリながらゆっくりと下ってゆきました。このあとは河津川に出ると、河津駅は間近です。ただし、ほんの一足間に合わず、それではと、今井浜海岸を駅まで歩いてみました。久しぶりです。いつも休んでいた磯浜の岩盤が砂で覆われて姿形を隠していたのが印象的でした。





入谷の公園2020/05/26



ひらなみHWを歩いてきました。ここのところ1週間に1度くらいの割合で歩いてるかな?途中で出会った知り合いとのおしゃべりを引けば、約1時間半ほどのウォーキングでしょうか。風が強い時とか、日差しが強い時などはこのコースがお勧めです。

午後3時を過ぎて、稲取高校の生徒さんたちが国道をゾロゾロ下ってきました。緊急事態宣言解除を受けて学校も始まったかと思いながらイロハ坂を上がって「ふれあいの森」まで来ると、最近は子どもたちの歓声が聞こえていたのが、まったく静まりかえっています。暗い森の中では淋しさがいささか感じられます。

クリーンセンターから現在中断している工事現場を通過し、大洞峠で景色を満喫してから木割場の石仏群のコンクリートの台座を借りて缶コーヒータイム。帰りはすぐ隣の山神社手前にある公園に寄ってみました。何年か前に稲取保育園児の作品展を見て、その時のマツボックリが強く印象に残ったことがありました。先生に訊いてみたら、この公園で拾ったというので、早速、訪ねたことがありました。コーヒータイムで突然そんなことを思い出して寄ってみたのでした。

久し振りの公園は、滑り台やブランコなどの遊具は立派でしたが、普段、子供たちが親しんでいる風には感じられませんでした。大きな石が転がっていたり、草刈りもしてない様子です。入谷地区では公園と呼べる施設は他には見られません。区で管理しているのでしたら、やはり近隣の人たちでも少し手間をかけてほしいものです。草刈り機など、皆さんお手のものでしょうからね。


印象に残ったマツボックリとは、実は花びら(花弁?)が開いてバラの花のような形をしていたのです。普通には見られない珍しい形のマツボックリに驚きました。