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町道 湯の沢草崎線を歩く2017/06/24


<旧東京都の保養所 この前から交通止め>

この水曜日には伊豆でも大雨が降りました。東海岸に大雨が降ると、先ず伊豆急電車がストップします。そして道路では旧道が通行止めとなります。前線が遠ざかった後、伊豆急電車は暫くして全線復旧しましたが、旧道は湯ノ沢草崎線の一部が現在も通行止めとなっています。

 

旧道は懸崖の地に道路を設けたため、昔から土砂崩れ等が発生し易いのです。町の広報ではこの一部の通行止め(汐見崎小松別荘地入口~望洋台小松別荘地間)は時間がかかるとのことなので、昨日は様子を見に行ってきました。

 

大川公民館(A)までバスで行き、その先をのんびり歩きました。東京都職員共済組合大川荘(X)という立派な保養所(現在は使われていません)の前まで来るとバリアがありました。但し、車も通れるように開けてあります。

 

大川川

<大川川>

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大川川に架かる大川橋(B)を渡ってさらに進むと、間もなく現場に到着しました。海側の路肩が20mほど崩れています。この辺にはガードレールがないので危険です。路肩の先は急崖なので、道を外したら下の国道135号まで転落してしまいます。かなりの落差です。

 

そこから暫く進むと、造園会社の人たちが所々に分かれて木の葉や枝などの回収作業をしていました。あの大雨の影響で落ちたものでしょう。一人の作業員の方に聞くと、雨が降ると山側から大量の水が落ちて来て、道路は川のように流れ始めるという。

 

しかも、この辺の山は破砕帯が走っているので、異常出水や崩落の危険があるらしい。調べてみると、破砕帯とは、「断層運動にともなって砕かれた岩石が一定の幅と方向をもって帯状に連続分布する部分」と書かれています。トンネル工事などでよく遭遇する断層です。

 

伊豆大川では谷戸山の石切り場がよく知られていますが、この向山にも各所に石切り場があるとも聞きました。現場で働く造園会社の方からの情報です。確かな物でしょう。向山を過去に幾度となく通過している私としては迂闊でした。

 

ところで、今回の崩落場所は一か所だけだそうで、通行止めといっても、車の通行は可能ということでした。そう言えば、バリアは全面ではなく車が通れる幅は充分確保されていました。

 

その後一応、望洋台(陽台)小松別荘地のロータリーまで歩いて引き返してきました。ここは伊東市との境です。片道約2.5キロのこの旧道の往復はいろいろ記憶を呼び覚ましてくれ、枝道を見つけては別荘地から下りてきた道だとか、周りの見覚えのある風景に感傷的になるほど、また楽しいランブリングでした。

三島神社からZ~Y~Cの古い道を辿って上の汐見崎別荘地に上がったことが懐かしい・・・
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C地点の山道

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海側を見下ろすと

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D地点



   引き返し地点(E)


ブーゲンビリア2017/06/16

ブーゲンビリア

山田書店に頼んでおいた本が今朝届いた連絡を得て、早速向かったルートは一望閣~二つ堀~小学校。帰りは土屋眼科~北尾ノ上~赤松~畳石。

 

畳石(築城石)のお隣のブーゲンビリヤが見事。毎年楽しませてもらってます。今はもう花びらが散ってますね。




磯辺神社2017/06/15

             黒根の前景は大島

黒根に磯部神社があります。基部だけが残る旧灯台の近くにあり、今は樹木が茂って前方の海洋を遮っていますが、昔は広く拓けて船舶の安全を見守っていたのでしょう。

 

何年か前にこの神社の祠の中がきれいに一新されているのを見ました。崩れたご神体の小さな石像の前にま新しい横断幕が掛かっていて、それには「若竹丸」と書かれていました。

 

若武丸とはご存知、天草漁を唯一営んでいたKさんの持ち船の名前。稲取のテングサを最後まで守ってきた、その若武丸のKさんから昨日は磯辺神社の話を聞くことができました。

 

現在の磯辺神社は昔は向井の磯辺にあったもので、伊豆急行電車が東海岸に通ることになったとき、海岸通りの道幅を確保するため現在地に移転することになり、費用も伊豆急側が全額負担したということです。しかも、もともと神社とは言え、野ざらしの石像だけだったのが、立派な祠の中に安置されることになりました。今から55年も前のことです。

 

当時はまだ天草漁が盛んな時代で、漁を希望する人は浜地区の人だけでなく、半農半漁の人たちなど、大勢の人たちが漁業権を希望しました。そこで、当時、天草の権利を持っていた町がその制限に乗り出し、

 

1)夫婦二人で漁をする 2)別々の者が漁をする 3)三国人が漁をする  

というように優先順位を設けたということです。

 

稲取のテングサは良質で評判がよく、当時漁業権を持っていた町に多大な利益をもたらすことになり、字船原の畑地を地主から買い上げて中学校を建てたほどだったそうです。ちなみに、この畑地の持ち主だった人に志津摩の畑で私はお会いしたことがあります。この方の話ではその場所はその時の代替地だったということです。

 

Kさんに昔の野ざらしの神社があった場所を聞き、探してみました。電車が向井からトンネルに入る手前のコンクリートの柱の並び近くの海際です。そこはブッシュで見えませんが、殆どが崖っぷちです。その辺りの松の木の脇に簡素な石像があったのです。

 

天草漁は厳しい素潜りの仕事です。サザエやアワビなどとともに漁の安全祈願のために神社が設けられたのでしょう。Kさんは天草漁を辞めた今でも、5月,7月、12月にはお神酒を奉納して漁の安全を祈願していると言ってました。この“例祭”は稲取岬のジュウゴンさま(竜宮神社)と同じですね。




東部病院の駐車場整備2017/06/14

「伊豆東部病院」ではただ今、休館を取り壊して駐車場に整備する工事が始まっています。それにともなって信号機側の段差がある法面は既に樹木が伐採され、すっきりした形に変わっています。そこにはついこの間までは河津サクラの樹が並んでいました。

 

道路を挟んだ「中華食堂 船橋」さんでは、この辺では一番早く咲き始めるサクラが楽しみでしたのに残念です、と奥様が話しておられました。駐車場を広くとるには残っている木も切ってしまうのでは、と心配しています。

 

先日は国道側にもっとも近くにあったカロリーナヤシ(?)が今まさに切り倒される瞬間を目撃しました。その際に土煙がもうもうと上がったのを覚えています。まさに巨星ならぬ巨木の倒れる現場を目の前にしたのでした。そのことを食堂のご主人に話したら、その時は地響きで家が揺れたと言っておられました。

 

病院の方は既に新館で診療が始まっています。あとはこの駐車場の整備だけです。多分今年いっぱいはかかるかと思われます。



第2回 キンメマラソン2017/06/12

昨日の稲取は「キンメマラソン」で賑わいました。クロスカントリーコースと、文化公園の2か所が出発点で、朝9時にスタートしてまだ間がない時間帯に役場前を通ったら、サポーターの人たちの姿が多いのに驚きました。沿道の各所でも目に付きました。

 

午後になって走り終えた人たちが続々と稲取駅のホームに上がってゆきましたが、去年の第一回開催に次いで連続参加したという方の話では本日の参加者は約2千名で、去年より多かったそうです。

 

また、東京からの参加者も多かったとのことで、彼も今回は蓮台寺の温泉で汗を流して東京へ帰ると言っておりました。夕方、国道沿いの中華食堂に寄ったとき、ご主人は「今日の昼は客(の訪れ)がさっぱりだった」と苦笑いしてました。