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「何やってるんですか?」
「実はね、柱が腐ってきたんでね、この小屋の」
前々から、いつかこの作業に力を入れないと小屋が使い物にならなくなる。そんな危機感をもっていたのが、漸くその気になって着手したばかりなのだそうだ。
6畳一間の小屋はトタン屋根の、言ってみれば何処にでもある掘っ立て小屋だ。ただし、4畳に畳を敷き、南北にそれぞれ一畳ほどの土間を付けて休憩時間に余裕をもって過ごせる配慮がしてあった。既に28年が経過している古い小屋だが、外観もペンキを度々塗ることで“何とか持たして”きたと言う。
彼は仕事を中断して小屋の北側のドアを開け、腐った柱を見せてくれた。柱の敷台を含めた下部が腐っている。小屋の北側は水回りの設計になっていて、北側のトタンの壁は地面から15センチ位の高さまで水に浸された痕が残っていた。彼はその一部に丸い穴が空いているのに手を触れ、トタン自体が腐食しているのを明らかにしてから、外に出て裏に回ると水道の設備がしてあった。トタンに空いた丸い穴はその水道管を小屋の中に通していたのだった。水道管は取り外して、今はもう部屋の中に水道は回していない。
彼は某通信会社に入社して定年を10数年前に迎えた年金生活者だ。実は10数年前に彼に初めて出逢った時に、彼は山芋の栽培の様子を見せてくれたことがあった。人の丈の2倍もありそうな長い山芋を横に寝かして栽培していたのを見て驚いたものだ。彼がまだ定年前のことだった。その時のことは当ブログに紹介しているが、そもそもこの畑は会社の同僚5人で始めた手慰めの、要するに趣味の一つだった。
その同僚も一人抜け二人抜けして十数年前には既に彼一人になってしまった。畑仕事が好きな彼だけが残ったのである。しかし、今でも仲間は何かに付けて集まってはいろいろ手を付けている。去年は天王さんの境内にある忠魂碑の周りが樹木や下草で覆われていたのを仲間と共に剪定などをして一掃した。ちなみに、この忠魂碑は東伊豆町には数カ所あるので同じ仲間でボランティア労働を提供したのだった。それから数年前のことだが、たまたま畑の前を通りかかった時、車が数台留まって何人かの姿があった。彼の姿が見えたので聞いてみると、何かの記念に祝杯を挙げるために集まったと言う。普段、彼一人だけの畑だったのが急に賑やかに変わっていたのでびっくりしたのだった。
やはり数年前のことだが、稲取の磯遊びの名所の一つ、“はなれ”で仲間に囲まれた彼の姿があった。“はなれ”の磯回りは一部危険な箇所があって、ある程度の運動神経が必要で、油断をすると転んでケガをしかねない場所である。そんな所でいい歳のオジサン連中が“ズガニの引っこくり“に興じていた。みんな会社を定年退職した先輩後輩だった。
ところで、彼の畑は何時の間にか、その奥の樹林帯にまで面積を伸ばしていた。これも彼一人で土地を借りて作業したと聞いてまたまた驚いた。小屋の脇に小型のユンボがあるのでこれを自ら運転して整地したとのこと。やることがどこまでもスゴイ!第二の人生は農作業をとことんまで追及することだったのだ。
そのユンボが実は知り合いの所有で、故障して廃棄するつもりだったらしいのを譲ってもらった代物だと言う。それを仲間の一人が修理して使えるようにしてくれたとのこと。思うに、彼は一人でも、号令をかければ常に集まってくれる仲間・友達がいる。彼が充実した人生を送っているのは、やはりこうした仲間を彼が大事にしているからなのだろう。彼との会話で、あの常に呵々大笑している彼の表情を見ていると、当方も幸せな気分になるから不思議だ。おわり哀れタイワンリス ― 2026/02/11

























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