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海の男2010/12/14

伴七オジサンと神栄オジサンは昔、一緒に稲取漁業組合の役員をしていたことがあったそうです。気が短い漁師気質の神栄さんにとって、同じ漁師気質でも伴七オジサンのほうは慎重派なので「あいつはキレーだよ」、と言う割には二人で息のあった仕事をこなしたようです。

そう言えば、二人には共通点がいくらでもあります。二人とも稲取の生え抜きではないというのがその一つ。伴七さんは東京赤坂の生まれ。稲取が母親の実家だったので、先の戦争で租界してきたという話を前に聞きました。神栄さんのほうは、稲取漁港が今の形に整備されるとき新潟から工事の仕事でやってきて、以来六十数年。

伴七さんは昔、小さな木造船でイカやサバ、サンマ等の漁をした。それも今のようにGPSなんかで場所を簡単に特定できたわけでなく、コンパスと山や島などを目安にして漁場を見つけたと言います。経験やそれによってできる勘がすべてだったのです。

そんな小船を乗りかえて、現在の5トンクラスの漁船を手に入れたというのも二人の共通点。県の海運振興策で融資が受けられるようになったのが引き金で、その後、稲取の漁業は大いに活気付いたとか。

網を繕うシンエイさん

現在は船を息子に任せて、二人ともほぼ隠居生活。伴七さんはこの4,5日、久しぶりに息子が船を出したので、一緒に乗ったそうです。岸に浮かぶ伴七丸は波に揺られながら生き生きとしています。船揚場が定位置では可哀相だ。

神栄さんはきょうも破れ小屋でエビ用の網繕いに余念がありません。自分では漁に出ませんので、仲間からの頼まれ仕事だと言います。驚いたことに、83歳だというのに眼鏡を必要とせずに針を使っています。


昨夜からの雨で漁はお休み。二人はそれでも港にそれぞれ顔を出し、それぞれの愛船を今日も見守っています。