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三度目のサンシップ今井浜2009/03/01

稲取駅のキンメダイ
この金曜日にサンシップ今井浜へまた行ってきました。今回は水着を忘れませんでしたので、展望風呂を楽しむことができました。

露天風呂は岩礁を回りこんだ先の海岸にあり、こちらは展望風呂と名うっていましたので、館内かなと思っていましたら、屋上の露天風呂でした。その日も雨天だったため、頭に雨を受けながらの入浴と相成りました。

広く横に広がる海は雨に煙って伊豆七島を隠し、普段は聞ける鳥の声々もなし。先客の姿がなかったら、早々と引き上げていたかも知れません。でも、湯温がぬるめでかえって気持ちよく、ゆったりと長湯ができました。

サンシップ今井浜
今井浜駅から徒歩5分。海岸の露天風呂、屋上露天風呂、内風呂の三種類あり、屋上露天風呂(展望風呂)は水着を着けての混浴。料金1000円、東伊豆町在住者は500円。

31年前の地震2009/03/02

稲取海防の松
1978年の伊豆近海地震はM7、震度5でした。
この地震による稲取地区の被害は大きかったそうです。当時、そのことを私は新聞を読んで知りました。特別気になったのは、多分、このころに会社の旅行で稲取温泉に遊んだからだろうと思います。当時会社の旅行は熱海、熱川、稲取と伊豆に集中していました。新鮮な魚介類が食べられるのが動機だったのでしょう。

今日ふと思いついてこの地震を調べてみました。ただ、ちょっと知識を得ようとしただけのことで、研究するためではありません。インターネットで検索して、運良く静岡大学の学術リポジトリを見つけました。この大学は学術研究の成果を公表しています。専門的な論文ですので、データーを駆使した論文は素人には退屈ですが、伊豆半島の被害状況などは容易に読み取れます。

1月に三筋山を登り、今井浜海岸へと下山したときのことです。大池高原から降りてきて赤いゲートのある道を左に分け、しばらくコンクリート舗装道を下りてゆくと、人家が始まる手前の、‘七廻’だか‘見高入谷’だかの辺りで鎮魂碑を見つけました。この辺は広くみかん畑が広がっています。読んでみると、1978年の地震で3家屋が倒壊して数人の方々が亡くなったというのです。31年前の記憶が戻ってきました。

論文に併せてデーター図を見ると、稲取温泉の集まった場所から西北の方向にクラックが集中しています。それも「幅数十メートル~数百メートルの帯の上にとくに密集して分布」しているとのことです。

その2年前の1976年の地震では河津が大きな被害を受けているそうです。この地区は「地熱温泉等による変質作用が原因と予想される地盤の軟弱なところ」だと指摘しています。

また、1974年には伊豆半島沖地震が起きて南伊豆に被害を与えています。それから30年以上もたって大きな地震の災害がないことは喜ばしいことですが、いつそうした被害にあっても、ウロタエルことがないように、可能な限りの対策をしておかねばなりません。いろいろ覚悟をしておくことが大事です。

静岡大学学術リポジトリ
   http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/handle/10297/203
なお、2006年4月に伊豆半島東方沖地震が発生し、網代で震度5弱、稲取の近くの奈良本で震度3を記録しているのが分かりました。

銭湯2009/03/03

温泉銭湯の都湯
温泉銭湯の都湯は、私どもの住まいとは稲取港をはさんで真向かいの家並みの裏にあります。ヤオハンでの買出しの帰りに、本日また寄ってきました。一番湯には先客がひとり。私ひとりになってから、間もなくもう一人の方が見えました。

3月に入ったというのに、まさに、“春は名のみの風の寒さ”です。最高気温5度、わずかに小雨が落ちてきていました。小田原では雪だと、番台のオバサンが言いました。化粧はしてないが、なかなかの美人です。顔に表情がないのは仕事柄のせいなのかしら?ハダカの客を前にして、敢えて見て見ぬ表情でいなければなりませんものね。ニヤニヤして番台に座っているわけにはいかないでしょうから。

稲取には昔は数件の銭湯があったそうです。殆どの家には風呂はなく、銭湯へ行ったものだというお年寄りがいました。その後、温泉が出てからは温泉を引く家も増えてきて、今では銭湯は2軒だけになったと、我が管理人さんが話していました。

そのひとつがこの都湯で、もう1軒は稲取銀座通り(バス道り)の「稲取温泉バス停」から少しヤオハンへ行ったところの裏にありました。先日探し当てたのですが、その日は3時前でしたので入湯せずに、たまたま玄関に顔を出したおカミさんの説明を聞いただけで引き上げました。いずれ訪ねてみようと思っています。

きょうの湯は熱いこと! 同室した初老のオジサンの話では43度くらいだそうです。私には45度くらいに思えると言ったら、そんな温度だと火傷するよと言われました。源泉かけ流しで、絶えずお湯が出ています。それでも元栓をしぼっているそうですから、湯は豊富なのです。斜め隣で垂れ流している徳造丸の店先の湯は、この都湯の湯だとのことです。カランから出る湯も温泉です。口に含んだら成るほど塩辛い。

銭湯の楽しみの一つは客どうしの会話です。その初老のオジサンが漁師だというので、いろいろ聞いてみました。75,6のこの方も息子はいるけど、漁師ではないといいます。ひとりで船を出しているのです。朝は3時に起きて船に乗り、帰ってくるのは早いときで12時、だいたい、2時か3時だということです。

エサのイカに塗るベニが食ベニではなく特別なもので、下田で手に入れるのだと言います。それも、ほんの掌に乗るくらいの量で6,7000円するというから驚きです。このベニを塗ると、イカが柔らかくなるのが早いそうです。

キンメダイは大島の手前、稲取から30分くらいの場所が良い漁場となっていて、千葉や茨城から漁師が出向いて来るとのこと。海が荒れるとキンメは隠れてしまうのかと訊くと、深海魚だから、そんなことはないと言います。

今日のような悪天候の日に近くを行き来する人は、つるし雛を見物に来た観光客の姿だけです。港は船をずらりと岸に侍らせてじっと沈黙しています。

浄蓮の滝2009/03/05

浄蓮の滝
河津七滝の上流に浄蓮の滝があります。
‘じょうれん’と聞くと、何か得体の知れない情念みたいなものが感じられて、いつかその正体を見届けてやろうと考えていました。

今回は水生地下でバスを降り、そこから沢沿いの踊り子歩道を行くことにしました。静かな遊歩道には沢音と野鳥の美声だけが聞こえてきます。

途中、太郎杉を見てから昭和の森会館に寄り、伊豆と名高い文学者との関わりなどを見て回りました。

最後に見た浄蓮の滝はさすがに立派でした。滝壷に住んでいるという女郎蜘蛛と樵(きこり)の伝説は、まわりの御用杉を勝手に切った村人を懲らしめることで、当局が村人に警告を発していたと考えることもできます。あるいは、これを教訓として村人どうしで戒めあったのかも知れません。

女郎蜘蛛は現れませんでしたが、滝壷の濃い水色と水量豊かにドドと流れ落ちるさまは確かに人を魅了するものがありました。

上原近代美術館2009/03/07

カミーユ・コロー  
きのう、上原近代美術館を訪ねました。
下田からバスに乗る予定でしたが、あいにくの雨のなか、バスを降りてから15分ほど歩かねばならず、しかも、バス待ちが30分もあるというので、タクシーに乗りました。

上原近代美術館は、下田港に流れ出る稲生沢川の支流、稲梓川の近くにあります。最初の仏教美術館を建てたあとの同じ敷地に建てたものだそうです。

年中無休 入場料800円  隣の仏教美術館は200円

ここにもバルビゾン派や印象派の作品があるというのが、ここを訪れた理由のひとつです。小規模ながら、確かにコローやピサロ、セザンヌ、モネ、ルノワールなどの作品がありました。いずれも小品ですが、名画は大きさによらずとも名画です。ボナールの絵がちょっと印象的でしたが、私はやはりコローの絵が好きです。建物のすっきりした描き方と、森をやさしいタッチで幻想的に描いたところが素晴らしい。

日本画のコレクションもありました。中でも、川合玉堂の大作は単なる墨絵の世界ではありません。奥多摩の山にせっせと通っていたというのに、玉堂美術館を素通りしてしまったのが悔しい。また、横山大観の力強い絵も印象に残りました。

仏教美術館も見学いたしました。仏像の、主に木造彫刻作品が展示されていて、いずれも大作ばかりで圧倒されました。仏像といえば拝観となりますが、ここでは気楽に鑑賞したということでしょうか。