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東猿山の幻想 ― 2012/11/27
今はもう晩秋の山。ひとたび深山に分け入ると、色とりどりの黄紅葉が迎えてくれる。天城は年間を通じて湿潤な地でもあるので、苔むした木々や岩のくすんだ緑色が黄紅葉を一層引き立てる。
しかし、それは同じ舞台に両者が登場しているからではなかった。黄紅葉の美しさは明るい林の中にあり、どちらかと言えば暗い鬱蒼とした森の中に苔むした幻想の世界を見る。詰り、山を降りて下界から山を想うとき、黄紅葉と幻想の世界が一つになって脳裏を駆け巡ることになる。それは錯覚、即ち妖しいまでの想像の世界である。
現実の世界では前夜の激しい雨の洗礼を受けて、苔むした木々はより一層その存在に磨きをかけ、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。苔むした幹の根元から葉の先にいたるまで緑の絵の具を塗りたくった常緑樹に、これも緑葉のアセビが赤茶色の肌をむきだしにして幻想の世界を煽り立てているかのようである。
苔を体じゅうに付け、落ち葉の絨毯をそっといざり寄る巨大な蜘蛛の如き触手に気付いて、慌てて逃れるように足早に東猿山の山頂を目指す。頂で迎えてくれたのは湿った空気に気持ちよく枝を伸ばしているブナの樹であった。しかし、きょうのブナはすっかり葉を落として、緑の軍団に飲み込まれそう。うっすらと漂ってきた霧がアセビの葉を濡らす。
山頂から三筋山へ向かう下りに、わずかに一箇所だけ、濃すぎるほどに彩られた絵巻物の舞台があった。豪華絢爛たる絵巻物の世界はやはり妖しい情緒を感ぜずにはいられない。その場所に身を置いてあらためてそう思う。ここではやはり、もみじの錦を神に手向けることにしよう。
林道を横切って鉢の山の展望所へ向かう下りに黄色と赤に染まったブナの斜面があった。若いブナの樹たちは明るい葉をつけたまま西陽に輝いている。やっと、猿山の妖術から解放されたかのような明るい気分に戻り、しばし佇んだ。
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