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再び「向三十目」2012/09/14

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「向三十目(さじめ)」はどこか、そろそろケジメを付けなければと思いながら林の沢をわたると、やっさかさんが玄関口に立っていました。シメタ!ここで話をシメよう!

「この辺で石器が出た話しはありますか?」
「ナニ、そんな話は聞いたことがねえなあ」

「ここは稲取何番地ですか?」
「うちは150番地だよ」

「すると、149番地は?」
「この上あたりかなあ」

「町の埋蔵文化財の一つに“上の山149番地”というのがあるんです」
「そうかね、ここは“東田の上”のはずだがなあ」

「それじゃあ、“向三十目”てのは聞いたことがありますか?」
「“三十目”なんてのは知らねえな。だいたい石器が出たなんて初耳だなあ」

これで決まりです。[向イ周辺には“向三十目”はない] 実は“さじめ”の話をきいてから、上の山の“向(むかい)”の台地に上がったところである方に訊くと、“向三十目”は聞いたことがないが、“さじめ”は志津摩の生コン工場の上あたりだと聞いてる、とのことです。

それからきのう、水下のIさんにも“向三十目”はどこか訊いたところ、生コン工場の上の“さじめ橋”の手前で昔炭焼き窯を造って炭を焼いていたと聞きました。ただし、向山や向田が近くにあるから“向三十目”なのではないと言います。しかし、“向”が付いてることについては明快な返事は聞けませんでした。

ちなみに、ここでの炭焼きは近所の数人が集まって窯を築き、普段の生活に必要な分を焼いたのであって、これを商売にしたのではないということでした。

それはとにかく、当初の予想に反して“向三十目(さじめ)”は“むかいのさじめ”ではなく、“むこうのさじめ”であると結論づけて良いでしょう。これについては役場の教育委員会に照会すれば簡単にわかることでしょうが、土地の方々に実際に訊いてまわるのも意味のないことではないと自らを慰めております。