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池地区散策2018/05/16

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2回目に矢筈山に登ったときは、池集落から挑戦したのですが、伊豆高原駅から約1時間かけて池の高原に着き、山神社には休憩がてら参拝したのでした。9年ぶりに訪れた山神社はこんなにも鬱蒼としていたかと思いながら、ツゲの樹を始め、天をつく高木が林立するなかで心置きなくこの雰囲気に浸りました。

 

暫くして広い駐車場に黒塗りの乗用車が滑ってきました。ペットボトルを数本取り出した紳士はやはり黒のスーツに身をかためています。向かった先は手水場でした。水を詰めているのが離れた場所からも想像出来ました。

 

次は水神社を探そうと立ち上がってから、何となくその方と話をしたくなりました。

「この水は湧水でしょうね?」

「湧水ですよ。水道の水ではありません」

「お茶やコーヒーに使うのですか?」

「いや、神棚に供えるのに使うんです。飲み水として使っているんじゃないです。でも、この水はきれいな水ですよ。米や野菜が旨いのはこの水のお陰ですからね」

池集落の周囲は大室山を始め、矢筈山や孔の山、台の山、浅間山そして鷲尾山などの大小の山々に囲まれ、その間を寺田川や鳴沢川が流れています。この立派な神社の右わきの一つ屋根の下に二つの古びた祠があり、高札によれば意外にも阿夫利神社でした。こんなにも水の豊かな場所なのに、日照りに悩まされたこともあったのでしょう。

ついでに水神社の場所を丁寧に教えてもらいました。

 

水神社は今の干拓地、昔の池の水際に立てられた祠でした。立て看板にあるように、水は生業や生活用に欠かせない天の恵みでしたが、同時に水害の危険とも裏腹でした。村民の祈りがこの小祠に込められています。「江戸時代の速い時期から水神が祭られており、虫送り(害虫退治)の行事もここで行われてきた」―――池郷土史研究会

                                 <「池」の干拓地>

次に訪ねたのは隧道の史蹟です。途中、「トッコンさん」(徳本碑)、セーの神(賽の神様)などの石碑を写真に収め、スタート地点の生涯学習センターに戻ってきました。この施設の裏に池隧道二代目の水門開閉扉があり、採石場の方に少し歩くと平安都城碑が見つかりました。

 

平安都城碑の写真を撮っていたら、山の方にある小学校から数人の先生方に付き添われて子供たちが大勢下りてきました。声を掛けると口々に元気な声が返ってきました。これから代掻きするのだと言います。先ほど、干拓地を眺め渡した時に一枚の田圃が目に入りましたが、そこで子どもたちの大好きな泥んこ遊びをするのでしょう。今はやりの代掻きの代わりにもなる、あの遊びです。鳴沢川に沿った径をみなさん元気よく歩いてゆきました。

最後に、この川の水門を撮影して今回の池訪問を終わりとします。まだ沢山の史蹟を残してますので、いずれまた訪ねる楽しみとしましょう。

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