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「幸せの神様は意地悪」 ― 2015/06/07
森野スミ子「幸せの神様は意地悪」――私の「細腕繁盛記」
森野スミ子さんは大分県日田の生まれで、不幸な結婚生活を清算し東京へ出て、仲居の仕事から努力して川崎に料亭を所有するまでになり、最終的には伊豆稲取に「ホテル伏見」をオープンし、そのオーナー社長として一時代を築きました。
彼女の自伝である本書を読み終えて感じることは、数奇な運命に翻弄されることなく、よくぞ耐えて耐えて幾度となく立ち上がり、自分の人生に立ち向かったという思いです。
養父から始まって、初婚の相手、再婚の相手、そして息子までが身持ちの悪さで彼女をずっと苦しめ続けました。思うに、度重なる艱難辛苦に打ち克った要因は彼女の生命力と、類まれな仕事の才覚だったと思われます。
「ホテル伏見」はもうだいぶ前に廃業し、その跡地は駐車場になって「どんつく祭」の会場に使われていることを、今朝、街を歩いて知りました。1990年発行の本書のあとがきには、余生を稲取の自然とともに生きる幸せを記しています。
森野スミ子さんは大分県日田の生まれで、不幸な結婚生活を清算し東京へ出て、仲居の仕事から努力して川崎に料亭を所有するまでになり、最終的には伊豆稲取に「ホテル伏見」をオープンし、そのオーナー社長として一時代を築きました。
彼女の自伝である本書を読み終えて感じることは、数奇な運命に翻弄されることなく、よくぞ耐えて耐えて幾度となく立ち上がり、自分の人生に立ち向かったという思いです。
養父から始まって、初婚の相手、再婚の相手、そして息子までが身持ちの悪さで彼女をずっと苦しめ続けました。思うに、度重なる艱難辛苦に打ち克った要因は彼女の生命力と、類まれな仕事の才覚だったと思われます。
「ホテル伏見」はもうだいぶ前に廃業し、その跡地は駐車場になって「どんつく祭」の会場に使われていることを、今朝、街を歩いて知りました。1990年発行の本書のあとがきには、余生を稲取の自然とともに生きる幸せを記しています。
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