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奈良本の4区 ― 2016/08/11

今朝は親水広場で奈良本から来た老夫婦の話に耳を傾けました。奈良本には、小橋、下町(したじょう)、上町(うえじょう)、向町(むかいじょう)の4地区があって、旧来、それぞれの地区の運命共同体として機能していたと聞けば、稲取の4地区と比べてみるのも面白いですね。
熱川に河口がある濁川の上流に水神社があります。往古、水利を得て五穀豊穣と地域の安寧を祈願して建てられた神社です。この神社の秋の例祭は盛大で毎年(4年に一度?)、プロの歌手を招いて歌謡ショーなどが行われるので知られています。
また、歌謡ショーの他にお芝居も披露されます。映画にもなったような有名な題材をもとに土地っ子が演技するんだそうです。それも奈良本の各地区が交代で担当する、というところが稲取の夏祭りの当番制と似ています。
もう一つ、どんどん焼きについて。確か、“おんべさま”と言いましたか、どんどん焼きをする場所を象徴的に見せる竹のお飾りを作るために、先ず竹を探しに行くことから始めて、門松などの正月用のお飾りなどを燃やした後始末まで、すべて子どもが主役だということ。
今は稲取にしろ奈良本にしろ、竹林はありすぎるほど跋扈していますが、材料の竹探しで子ども同士が鉢合わせになり喧嘩して、その子の親の学校の先生から絞られたことがあったそうです。稲取では、今は竹の“供給先”を各区で確保していて問題はありません。確保する前はどうだったでしょうか?
それから、どんどん焼きでは自分たちの大事な人、とりわけ足腰を痛めた人や、病気の人の為に“早く治りますように”と念じながら燃やした、と今朝の老夫婦は言います。
稲取では、現在は規模の大小はあっても子どもが主役ではありません。子どもの出番としては、だんごを枝に付けて焼くぐらいかな?でも、昔はどうだったでしょうかね。昔の子供は逞しかったですから。ただ、稲取では、三番叟の役者がある時期以来ずっと大人から子供に替わっています。ある時期とは、大漁で沸いた頃と云われています。大人は忙しすぎて手が回らなかったのでしょう。
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