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「みくりやのくらし」 ― 2013/07/11

「みくりやのくらし 米寿記念 総集編」 池谷貞一著
「みくりや」は幾つかの村が合併して出来た御殿場の町の名前で、その後、御殿場町と改称し、更にその後にも幾つかの村を併せて現在は御殿場市となっています。本書は植物を仕事の対象にした方がみくりやの伝説や習俗、民話、そして多分、著者自身の体験などをベースにして書き下ろした短編集です。
実は、最初の「炭焼きの娘」を読み進めながら、おやっ、と感じたものの、これは巻頭のご挨拶で、次からはみくりや地方の暮らしが事細かく紹介されるのだろうと思っていました。ところが全編読み終わって、文学書を読んだような感動を覚えました。今でもその余韻に浸っています。先ず巻頭のお話を紹介しましょう。
国勢調査員として若き主人公(多分、著者のことでしょう)が富士山の炭焼き小屋の調査にやってきました。そこで、目にしたのが若い娘と両親が懸命に炭焼きの仕事をしている姿でした。話を聞くと、福島の山奥から炭焼きの出稼ぎに来たのだという。主人公はお茶を勧められて、貧乏にどっぷりつかった炭焼きの生活の実態と、血と涙の人生を聞くことになります。
下調べの訪問と本調査の二日間で、貧乏を運命と甘んじて容認する炭焼きの娘と主人公は互いに憎からず想うようになります。しかし、雪が積もって山止めになる前にもう一度訪問することを約して別れ、そこで物語は終わります。結末が示されていないもどかしさが得もいえない哀感を誘います。
「湯治」では、主人公と女主人公杉子が仙石原のホテルで50年ぶりに再会する話です。未だお互いに若かった頃、初めて知り合ったのに、何日間かの湯治の間に気心を通わせるようになります。杉子が彼に言います。「私は・・・お嫁にもゆかないと決めてるの。・・・私、思い出が欲しいの。一生忘れないような思い出が・・・」
しかし、彼は近々徴兵検査を受ける身だった。そして、人並み外れたその体は甲種合格間違いなしと云われていた。甲種合格になれば即入隊、戦地へという時局だったのです。50年後に偶然再会して、杉子が独身を貫いたことを知ります。
「5月5日」では植物採集の目的で愛鷹山に登った主人公と炭焼きの手伝いで登ってきた若い女が鋸山の険しい場所で邂逅する。次の年、何の約束もなかったのに、二人はまた5月5日に同じ場所で出会う。彼はその日が自分の誕生日であると彼女に伝えてあった。
そしてその翌年の4月彼は徴兵検査に合格する。まもなく5月5日がやってくる、とある日に彼のもとに分厚い封書が届く。彼女の急死を知らせる手紙だった。この5月5日でようやく男女が一緒になれそうだったのが、土壇場で不可能になったのです。ここまで読み進めると読者はいい加減いたたまれなくなってまいります。
「草刈り」では二人の若い男女が草刈りをしながら、村の集会で議論したそれぞれの恋愛論の行く末を互いに確認しあいます。そして草刈りをしながら、「俺の恋愛の相手はお前だ」と主人公は初めて彼女に告白します。ここにきて漸く主人公の気持ちが吐露され、読者はホッとした気分になります。
そうして、「名主とその女房」に至ってついに二人は結ばれ、村のために湧水源を見つけてそこから水を引くという、後世に名を残すような大仕事を二人でやってのけるのです。ここに来て読者はやっと胸のつかえが取れた心境になります。
最後の「雑木林」は著者の真骨頂を伝えています。「雑木林は自然の調和がもっとも円滑に行われている。・・・植物も鳥も、昆虫も、茸もその中で共存共栄・相互扶助の営みがなされている。と、同時に穏やかに生存競争も行われつつ調和を保っている」と説きます。
永年、御厨の植物研究に身を捧げて得られた知識や知恵が、それぞれの物語の中にふんだんに登場してキラリと光るロマンを謳いあげた、そんな楽しい本です。ネットで調べたところ、著者の池谷貞一さんは既に鬼籍に入られているようです。
尚、本書は私家版ですが、御殿場市の加藤書店(電話番号 0550-82-0043)から取り寄せました。
「みくりや」は幾つかの村が合併して出来た御殿場の町の名前で、その後、御殿場町と改称し、更にその後にも幾つかの村を併せて現在は御殿場市となっています。本書は植物を仕事の対象にした方がみくりやの伝説や習俗、民話、そして多分、著者自身の体験などをベースにして書き下ろした短編集です。
実は、最初の「炭焼きの娘」を読み進めながら、おやっ、と感じたものの、これは巻頭のご挨拶で、次からはみくりや地方の暮らしが事細かく紹介されるのだろうと思っていました。ところが全編読み終わって、文学書を読んだような感動を覚えました。今でもその余韻に浸っています。先ず巻頭のお話を紹介しましょう。
国勢調査員として若き主人公(多分、著者のことでしょう)が富士山の炭焼き小屋の調査にやってきました。そこで、目にしたのが若い娘と両親が懸命に炭焼きの仕事をしている姿でした。話を聞くと、福島の山奥から炭焼きの出稼ぎに来たのだという。主人公はお茶を勧められて、貧乏にどっぷりつかった炭焼きの生活の実態と、血と涙の人生を聞くことになります。
下調べの訪問と本調査の二日間で、貧乏を運命と甘んじて容認する炭焼きの娘と主人公は互いに憎からず想うようになります。しかし、雪が積もって山止めになる前にもう一度訪問することを約して別れ、そこで物語は終わります。結末が示されていないもどかしさが得もいえない哀感を誘います。
「湯治」では、主人公と女主人公杉子が仙石原のホテルで50年ぶりに再会する話です。未だお互いに若かった頃、初めて知り合ったのに、何日間かの湯治の間に気心を通わせるようになります。杉子が彼に言います。「私は・・・お嫁にもゆかないと決めてるの。・・・私、思い出が欲しいの。一生忘れないような思い出が・・・」
しかし、彼は近々徴兵検査を受ける身だった。そして、人並み外れたその体は甲種合格間違いなしと云われていた。甲種合格になれば即入隊、戦地へという時局だったのです。50年後に偶然再会して、杉子が独身を貫いたことを知ります。
「5月5日」では植物採集の目的で愛鷹山に登った主人公と炭焼きの手伝いで登ってきた若い女が鋸山の険しい場所で邂逅する。次の年、何の約束もなかったのに、二人はまた5月5日に同じ場所で出会う。彼はその日が自分の誕生日であると彼女に伝えてあった。
そしてその翌年の4月彼は徴兵検査に合格する。まもなく5月5日がやってくる、とある日に彼のもとに分厚い封書が届く。彼女の急死を知らせる手紙だった。この5月5日でようやく男女が一緒になれそうだったのが、土壇場で不可能になったのです。ここまで読み進めると読者はいい加減いたたまれなくなってまいります。
「草刈り」では二人の若い男女が草刈りをしながら、村の集会で議論したそれぞれの恋愛論の行く末を互いに確認しあいます。そして草刈りをしながら、「俺の恋愛の相手はお前だ」と主人公は初めて彼女に告白します。ここにきて漸く主人公の気持ちが吐露され、読者はホッとした気分になります。
そうして、「名主とその女房」に至ってついに二人は結ばれ、村のために湧水源を見つけてそこから水を引くという、後世に名を残すような大仕事を二人でやってのけるのです。ここに来て読者はやっと胸のつかえが取れた心境になります。
最後の「雑木林」は著者の真骨頂を伝えています。「雑木林は自然の調和がもっとも円滑に行われている。・・・植物も鳥も、昆虫も、茸もその中で共存共栄・相互扶助の営みがなされている。と、同時に穏やかに生存競争も行われつつ調和を保っている」と説きます。
永年、御厨の植物研究に身を捧げて得られた知識や知恵が、それぞれの物語の中にふんだんに登場してキラリと光るロマンを謳いあげた、そんな楽しい本です。ネットで調べたところ、著者の池谷貞一さんは既に鬼籍に入られているようです。
尚、本書は私家版ですが、御殿場市の加藤書店(電話番号 0550-82-0043)から取り寄せました。
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