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オキナハラへの道2013/11/16

スポーツビラから風車の丘への径


伊豆アニマルキングダムのアニマルゾーンとプレイゾーンとはゴルフ場や入谷へ向かう道路によって分断されていますが、両者を結ぶ陸橋が少し離れて東西にそれぞれあります。その二つの橋の間には南側に道路に沿って駐車場が伸びています。
 


その駐車場でアニマルキングダムの施設課勤務の方とお話しするチャンスがありました。彼は土地っ子で年齢50歳。小学校高学年の頃、ここまで遠足でたびたび歩いてやって来たそうです。そしてこの辺一帯を“オキナハラ”と呼んでいたと言います。
 


オキナハラ遠足で歩いた道は当時、彼が覚えているのは稲取高校経由の道の他に、入谷道を上がって“中の平”から山並みを通る道でした。道と言っても、それぞれ舗装されていないガタガタ道で、車が一台通れるくらいだったそうです。しかし、そんな狭い道でも、当時の伊豆バイオパークまで国道からバスが通じていたと言うのです。

 

ナンキンハゼ


彼が10歳の時とすれば、1973年(昭和48年)です。当時、伊豆バイオパークはサイなどが放し飼いになっていた程度の未だ小さな動物園だったと言います。ウイキペディアで調べると、伊豆急が伊豆バイオパークを開業したのが1977年10月となっています。従って、伊豆バイオパークまでバスが通じていたのは彼が中学生になってから2,3年後ということでしょう。
 


年代の錯誤は仕方ないとして、今、細野高原のススキ狩りの車は、帰りは中の平からアニマルキングダム経由稲高前への一方通行としていますが、この道は細々とした道でも、また多少の変化はあったにしても、大分前から存在したというのは初耳です。このことについては古老からも聞いて検証したいと思います。
 


それから、50歳の彼が”水乗り”の場所を知らなかったのは意外でした。彼の頃には喉を癒した美味しい水は既に飲料水として不適格になっていたのでしょうか?少なくとも、水乗り平を通らなかったことは想像できますが。